本日付の読売新聞の解説ページで、解説委員の知野恵子さんの「大震災と宇宙技術」という記事が掲載されていた。残念ながらオンラインの記事にはなっていないようなので、リンクを張ることはできませんが、ちょっと気になったので取り上げておきたいと思います。
大手の新聞では、宇宙関連の記者・解説委員は多くが科学部系の出身で、朝日だと辻篤子さん、日経新聞は滝順一さん、NHKだと室山哲也さんなどが知られていますが、必ずしも宇宙を中心に仕事をされているというわけではなく、科学技術全般をカバーしている中で宇宙を取り扱うという立ち位置であるのに対し、知野さんは科学技術全般も見ていますが、宇宙が得意な解説委員の方で、業界では一目置かれる存在となっています。
しばしば、文科省寄りとも思える記事が出るかと思えば、火の出るような文科省のプロジェクト批判をすることもあり、その意味では大変興味深い記事が多く、わざわざ読売新聞を購読しているのも、知野さんの記事が出るから、ということが一つの理由になっています。
さて、その知野さんが書かれた記事ですが、今回の記事は半分納得、半分不満足という感じでした。納得したのは、日本の衛星の影が薄いという点です。これはすでに「情報収集衛星は震災の役には立たない」など、過去のブログの記事で書かせてもらったトーンと同じですが、知野さんのコメントはさらに厳しく、測量会社のパスコ(地図作成の大手)はドイツのTerra SAR-Xを使ったことや、福島原発の画像がアメリカのWorld Viewという衛星を使ったということを指摘しています。
また、JAXAの衛星に継続性がないということも、すでに指摘した点で、「だいち(ALOS)」の後継機がない問題だけが指摘されていますが、それ以上に問題なのは、過去の地球観測衛星が搭載しているセンサーに一貫性がなく、継続したデータを取得できないことがありますが、この点は知野さんは指摘されていないですが、同じく継続性の問題としてあります。
知野さんの結論では、「どんな災害を想定して衛星を使うのかや観測能力などについて国の方針を検討すべきだ」というメッセージが出されています。これも納得です。現在、私がメンバーとなっている内閣官房宇宙開発戦略本部専門調査会準天頂衛星推進検討ワーキンググループ(長い!)と並行して、地球観測衛星推進検討ワーキンググループがありますが、まだ十分が議論が進んでおらず、何を議論するのかということもきちんと定まっていない感じです。今回の震災を一つのベンチマークとしてどのような地球観測衛星戦略を作るかを考える時期に来ていると思うのですが、なかなか動きがないように見えます。4月に入って第三回目の地球観測WGが開催され、そこでWGの検討課題が整理されていますが(会合資料)、非常に多岐にわたっている半面、議論の焦点が絞られていないような印象を受けています。また、震災との関連があまり前面に出てきていないところもちょっと気になっています。その意味では知野さんの記事が指摘していることは適切だと思われます。
ただ、逆に知野さんの記事で気になることもいくつかあります。一つは「だいち」の分解能(解像度)が低く、「画像が粗い」という点です。これはすでにブログで指摘したことですが、分解能と観測幅の関係があり、用途によって分解能は低くても観測幅が必要な場合と、観測幅が狭くても分解能が高い画像が必要な場合があります。そのため、衛星は「ベストミックス」が必要で、分解能が高ければよいというのはかなり単純な議論です。なので、その点は残念です。
また、知野さんの議論で気になる点は地球観測にしか焦点が当たっていない点です。紙幅の問題もあるとは思いますが、今回の震災で重要な役割を果たした「宇宙技術」は地球観測衛星ではなく、むしろ通信衛星だったと思います。この点もすでにブログで書いた点ですが、地上系の通信網が断絶した場合、通信衛星しかライフラインを支えることができなかったのですが、その点を指摘することが重要なのではないかと考えています。その点で不満足です。
また、情報収集衛星にこだわっている点も若干不満が残りました。こちらもその理由はすでにブログで述べましたが、情報収集衛星はこうした災害にはあまり役に立たない衛星で、農水省や国交省などのユーザーとなる官庁がタスキング(どこの地点を撮像してほしいといったリクエスト)をかけるルートが確立されていないため、情報収集衛星の画像を救助や復興に使えないような状況にあるため、官庁が使っていないのは当然なのです。もちろん、それが「建前」と合致していないという指摘は正しいですし、ジャーナリストとしては情報収集衛星の実態を暴きたいという意図が働くため、情報収集衛星を取り上げるのは良くわかりますが、しかし、情報収集衛星が使われていないということをことさら取り上げても、あまり生産的な議論ではないような気がしています。
こういう混乱を避けるためにも、情報収集衛星はストレートに偵察衛星だと言うべきであり、それを下手にごまかそうとするから、つまらない議論がずっと続くという不幸が終わらないように思っています。まあ、それで世の中が回っているので、たぶん誰も変えようとはしないのでしょうけどね。
いずれにしても、日本における宇宙開発を巡る報道、分析はまだまだ層が薄く、十分にカバーされているとは言えない状態です。まあ、社会の中で宇宙開発が占める位置を考えれば、それは仕方のないことなのかもしれませんが、残念な感じもします。人口が1億2千万いる国家で、宇宙開発の主要国でありながら、ジャーナリストや研究者の層が薄いというのは、なんとも寂しい限りです。
今の日本の現状を鑑みて情報収集衛星からインテリジェンスが抽出され、まして政策決定に使われてるなど誰も思ってないのでは?
返信削除元地球観測組さん、コメントありがとうございます。情報収集衛星の画像がどのように使われているのかは一切公開されていないので、一般に誰にも気づかれることなく使われているということはその通りです。また、日本の政策決定が滅茶苦茶なので、結局、情報収集衛星があってもなくても滅茶苦茶なままなのではないか、というご指摘もその通りだろうと思います。
返信削除ただ、インテリジェンスというのは、何かをアクティブ(能動的)に決定するということよりも、何か変なことが起きていないか、何かおかしな兆候はないか、ということをパッシブ(受動的)に見ていくことの方が多いので、とりあえず、おかしなことがおきなければ、衛星によるインテリジェンスはなくても良いのですが、万が一、おかしなことが起きそうな場合には、衛星を持っていて良かった、ということがあるかもしれません。
これは、今回の震災や原発事故と同じですが、何もおきていない平時のときは、堤防や原発の電源車は単なるムダのように見えます。しかし、いざ何かが起きた後、「なんで準備していなかったんだ」という話になります。情報収集衛星も同じで、今のところ、おかしなことがおきそうな雰囲気はないので、それが政策決定に影響することはない、ということになります。そもそもインテリジェンスはそれでよいのだと思います。
解説委員の知野恵子さんの「大震災と宇宙技術」 を書いてくれますか?
返信削除宜しくお願いいたします。
桜子さん、コメントありがとうございます。知野さんが書かれた記事を転載してほしい、というご要望と思いますが、許可なく転載することは著作権の侵害に当たると判断し、私のブログ記事を書くために必要な個所だけ引用させてもらっています。本文をお読みになりたい場合は大変恐縮ですが、図書館などにおいてある新聞の縮刷版などでご確認いただきますよう、お願い申しあげます。
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