すでに前の記事で述べたように、2008年の宇宙基本法では宇宙政策の政策決定一元化が書かれている。つまり、これまで文科省や経産省などにバラバラについていた宇宙開発(関連)予算を一元化し、一つの意思決定ラインで日本の宇宙政策を戦略的に決定していく仕組みが描かれていたのである。その中心には、総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部があり、宇宙開発担当大臣を設置するということは定められており、実際に宇宙基本法成立以降、戦略本部と担当大臣は設置されている。しかし、その戦略本部と担当大臣を支える行政機構については「一元化」という表現しか使われておらず、具体的にどのような形で一元化を進めるのかが明示されていない。
というのも、当時、宇宙基本法の共同提案を行った自民党と民主党の間で、この行政機構に関するイメージが共有されておらず、当時野党の民主党は「日本版NASAを作る」と主張し、より集権的で技術開発も政策立案も行う大きな仕組みを提案していたのに対し、自民党は「宇宙開発戦略本部を中心とする行政的な機構」を想定し、現在のJAXAのような技術開発機関は残す方針を示していた。
また、この一元化を実現するためには、それによって不利益をこうむる既得権益をもつ組織を納得させなければならなかった。その組織とは、日本の宇宙開発を主導し、その中心にあり続けた文科省(ないしは旧科技庁)である。
文科省にとって、宇宙開発は単なる既得権益以上の意味を持っているのではないかというのが筆者の見立てである。というのも、1999年の東海村におけるJCO事故をきっかけに、2001年の省庁再編で原子力局は経産省傘下の資源エネルギー庁、原子力安全局を経産省傘下の原子力安全保安院に奪われた旧科技庁にとって、宇宙は残された巨大プロジェクト分野であったからである。仮に宇宙基本法に従って、宇宙分野まで失ってしまえば、旧科技庁が行ってきた事業のほとんどが否定されるような状況になると言う組織的アイデンティティの問題があるからである。
そのため、文科省は宇宙政策の一元化に対して極めて強い抵抗を示し、宇宙基本法で示されているにも関わらず、それが実行されないという「違法状態」が続いている。このような文科省の抵抗によって一元化が進まないことに対し、宇宙政策決定過程の不効率や、「研究開発」のみを所掌する文科省が宇宙予算の大半を握っている状態を続けることで、「開発から利用へ」というシフトがなかなか進まないことが問題とされており、一刻も早い一元化を目指すべく、さまざまな議論がなされてきた。
しかし、今回の体制決定は、そうした議論を無視し、文科省がその既得権益を維持することを閣議決定したものと見ることができる。というのも、この体制決定では、「内閣府に我が国宇宙政策の司令塔機能と準天頂衛星システムの開発・整備・運用等施策実施機能を担当する耐性を構築するために必要な法案」を次期通常国会に提出する、とはされているが、以下のような留保がついている。
(1)「宇宙庁(仮称)」的な一元化ではない形で実効的な宇宙開発利用体制を構築すること。なお、宇宙庁については、科学技術・イノベーション政策の検討とも連携しつつ、将来的な課題として引き続き検討する。さらに、「独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の主務省については、これまでの文部科学省による監督実績及びその予算の大部分を文部科学省が支出していることを尊重しつつ、宇宙開発戦略本部を支える内閣府が司令塔機能の実効性をどのように確保するかについて検討を行う」という文言が入っている。
(2)内閣府の司令塔機能と準天頂衛星システムの開発・整備・運用等実施機能を行政組織のどのレベルで切り分けるかについては中立公正の要請および組織の肥大化防止の要請を踏まえた実効的な宇宙開発利用体制の構築に向け検討を行うこと。
これらをまとめて言えば、内閣府には司令塔機能を移すが、JAXAと予算は文科省が独占させていただきます、という話である。つまり、文科省は政策決定の「司令塔機能」(これも行政用語としては今一つ輪郭がはっきりしていない言葉)は渡してもよいが、JAXAに流す予算は渡さない、ということを明示したに等しい。
ここから明らかになることは、(1)次期通常国会で内閣府に宇宙政策に関する部局ができること、(2)その部局は少なくとも準天頂に関しては予算を取ることができること、(3)しかし、それ以外の宇宙開発予算は基本的にこれまで通り文科省とその他の省庁に流れること、という三点である。
これは「一元化」という観点からみれば、ほとんど前進していないと言わざるを得ない。しかし、それでも一歩は一歩である。Bad Newsではあるが、まったく光明が見えない話ではない。
準天頂で可能であったように、最初に研究開発は文科省=JAXAで進め、それが整備・運用、つまり利用の段階に入ってくると、内閣府が担当し、予算を取ってくると言うパターンを作り出すことは可能だ。研究開発はあくまでも文科省が行うが、どのようなプロジェクトを進め、どのような研究開発を進めるべきかを判断するのは、宇宙開発戦略本部であり、内閣府の宇宙政策の司令塔である。その意味では、文科省はこれまでのような宇宙開発の「大半」を担当するのではなく、あくまでも全体の「一部」を担うだけの役所ということになるだろう。
重要なことは、これからの日本の宇宙開発が単に研究開発で終わるのではなく、最終的に利用につながる研究開発を進めるということである。単なる研究開発で終わってしまうのであれば、これまでと変わらない。しかし、新たにできる内閣府の司令塔が、研究開発から利用までの大きなビジョンを描き、その研究開発の部分を文科省が担当すると言う分業体制が確立すれば、宇宙基本法で目指した体制に近づくと言える。
こう考えると、今回の体制決定はそれほど悪いものではないように見えるかもしれない。しかし、それでもBad Newsとしてタイトルをつけたくなるのは、現実の宇宙政策を考える上で、現状の財政的な制約を考えると、文科省と内閣府が麗しく共存することが難しいと思われるからである。
宇宙開発予算はすべての役所に配分されているものを合わせても、3000億円程度の規模である。これは内閣府に司令塔機能ができても、それほど大きくは変わらないどころか、財政状況を考えれば減っていくと見るのが自然であろう。そう考えると、内閣府が利用のプロジェクトを進めれば進めるほど、文科省に回っていく研究開発予算は減っていく。単純なゼロ・サム・ゲームだ。
そうなると、文科省は自らの予算を何とか確保しようと、内閣府で進める利用プロジェクトの足を引っ張り、研究開発プロジェクトを増やそうとしていくインセンティブを持つことになる。そうなると、宇宙基本法が目指した「開発から利用」という一貫した宇宙政策の展開は難しくなり、「開発か利用か」という争いが起きる可能性もある。
しかし、宇宙基本法はそうなった場合の裁定方式もきちんと用意してある。それは、総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部の存在である。これは総理を本部長とし、すべての閣僚がメンバーとなる、閣議と同等の位置付けにある。そのため、文科省と内閣府の間で「開発か利用か」という争いが生じた時、それを裁定し、日本の宇宙開発がどのような方向性を持って進められるべきなのか、ということを政治が決定することになる。
これは、これまで文科省の役人やJAXAの技術者が中心となって進めてきた宇宙開発の仕組みを大きく変えるものであり、そうした政治的な決定を高いレベルで行うことで、日本の宇宙開発が国家戦略の一部として遂行されるということを意味する。
奇しくも、野田総理大臣は自公民三党合意で宇宙基本法を国会に提出する際、民主党の科学技術PTのリーダーとして、民主党を代表して宇宙基本法を推進した方である。そういう人が総理大臣にいる限り、文科省が既得権益の維持を目指して、内閣府の司令塔機能とバトルを繰り返したとしても、政治の力で裁定をし、問題を解決することができるだろう。これまで様々な期待を裏切ってきた民主党であるだけに、なんとも心許ないが。
ここまで酷評された計画が最重点とはまったく呆れた話です。
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宇宙開発戦略本部 宇宙開発戦略専門調査会 第18回会合
安西委員提出資料
1.手続きに関する意見
7 月28 日付の報告書案は見え消しの形になっている。基になっている文章は7 月6 日付である。この7 月6 日版は何なのか理解できない。またその7 月6 日版に対して修正を施した理由も理解できない。誰が修正したのかも不可解である。6 月30 日に専門調査会で配布された案に対して同調査会終了後に出された意見を入れて修正したものを座長が了解した版だとすると、その版を委員に送付せずにさらに(誰かが)修正して7 月28 日版にした経緯は不可解である。
また、6 月30 日版から7 月6 日版へ変更と、7 月6 日版から7 月28 日版への変更を比べると、変更のトーンがかなり異なっている。その理由も不可解である。
上の点が万一手続きの齟齬だとすれば、それは単なる事務的な齟齬ではなく、ことを内々で運ぼうとするやり方が表に現れたということだと考えられる。大震災の教訓の一つは、何事も合理的に、かつオープンにすることが結局は巨大技術に関する国策を成功させるということであった。この教訓から学ばなければ、宇宙開発は「原子力村」の二の舞を踏む。前から何度も伝えているのはこのことである。
上杉委員提出資料
I.準天頂衛星システムについて
本提言(原案)は「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について」であり、宇宙開発体制について触れられていないため、片手落ちの感は免れないが、それは概算要求提出期限を控え止むを得ないとしても、重点化の中で準天頂衛星システムを最優先としたことをあまりに強調した記述となっているように思う。
例えば、「準天頂衛星システムの意義」の項で:
②産業、生活、行政の高度化・効率化に寄与する。
とあるが、極めて一般的な文言であり、具体的にどのような寄与をするのか全く不明。このような言い方ならば、他の実用衛星全てに当てはまる文言ではないか。
③アジア・オセアニア地域にも同機能が展開可能であることから当該地域への貢献と我が国の国際プレゼンスの向上に寄与する。
この点は、小生が従来から準天頂衛星システムの意義として必須と主張してきたものであるが、実際に展開可能との見通しがあるのか?「寄与する」と断言するなら、具体的にどのような案があるのかを示すべきである。
準天頂衛星システムについては「一将功成って万骨枯る」ことなきを望むものである。
小宮山委員提出資料
準天頂衛星システムの開発・整備・運用主体については、まだ調査会としての意見が一つの方向に収束したとは思わない。私は、これまでどおり、内閣府が実施機関となることには反対の立場である。
しかしながら、今回、関係省庁間で所要の調整を進める必要があるとの記述が加えられたことは評価したい。
今後も、拙速に結論を急ぐことなく、じっくりと議論を深めた上で、宇宙開発を進めて欲しい。
なお、繰り返しになるが、報告書には、多様な意見があったことを記述として残していただきたい。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/utyuu/senmon/dai18/gijisidai.html