昨日、野田内閣の閣議で「宇宙空間の開発・利用の戦略的な推進体制の構築について」と「実用準天頂衛星システム事業の推進の基本的な考え方」という二つの決定がなされた。これまで日本の宇宙政策を踏まえて考えると、とても興味深い二つの決定であり、今後の日本の宇宙開発に色々な影響をもたらす可能性のある決定だと考えている。
まず二番目の決定(以下、準天頂決定)から考えてみたい。この準天頂衛星は非常に複雑な歴史を背負ってきたプロジェクトであり、この決定に至るまで、10年以上の歳月を費やしてここに至った、ある意味感慨深いものである。
準天頂衛星は、そもそも2000年に経団連や日本航空宇宙工業会という宇宙産業界のイニシアチブによって始まったプロジェクトであり、当時、欧州で進められていたガリレオプロジェクトにヒントを得て(というか、かなり真似をして)、官民協力プロジェクトとして提案されたものであった。当初、準天頂衛星プロジェクトは、GPSのような測位衛星に、移動体通信や放送サービスを可能にする機材を搭載し、測位は国が、通信放送は民間が行うというかなり野心的なプロジェクトであった。国と民間が共に資金を出し合って衛星を開発、打ち上げ、運用するという計画で、日本で初めての官民協力プロジェクトであり、新たな宇宙開発利用の時代を予感させるものであった。
しかし、欧州のガリレオが進めていた官民協力のメカニズムも、結局、GPSの信号を無料で受信できるという条件の中で、有料の測位信号でビジネスを成立させることが無理、ということが判明し、欧州の民間企業はガリレオプロジェクトから撤退した。それと同じく、日本の準天頂衛星に関しても、測位衛星に通信放送機能を搭載することが技術的に難しいことが判明し、民間が撤退することとなった。
そうなると、準天頂衛星は国の事業部分である測位機能だけが残ることになる。しかし、国(とりわけ国交省)は、民間が始め、民間が金を出すから参加するという姿勢であったのに、いつの間にか、すべてのコストを国が負担し、運用の責任も国が負担するというのは話が違う、といって、準天頂衛星に対するネガティブな姿勢を取るようになった。
ところが、準天頂衛星が実現することを前提にしていた宇宙産業界は、国の消極的な姿勢に対して、さまざまな政治的な働きかけを行い、何とかこのプロジェクトを継続しようと頑張った。その結果、2006年の段階では開発四省(文科省、経産省、国交省、総務省)と内閣府および内閣官房が連帯責任を持ち、文科省が「技術開発」の名目で準天頂衛星3機のうち1機を開発し、残りの2号機、3号機については「民間の事業化判断」に基づいて推進するかどうか決める、という話になった。
元々民間が始めたプロジェクトなのに、民間が撤退し、それでも継続するという流れになっていた準天頂は、ここにきて究極の宙ぶらりん状態になり、それが数年続くことになった。
それが大きく変わったのが2010年9月である。2010年9月に準天頂衛星の初号機「みちびき」が打ち上げられ、その打ち上げが成功したことで、部分的には準天頂衛星システムが動き始めたのである。
そうなると、政府としても3機必要なシステムを1機だけ打ち上げて運用しているという状態に説明がつかなくなってきた。かといって、そもそも国が自分で言い出したわけでもないプロジェクトをどこかの役所が引き受けるということもなく、その宙ぶらりん状態が解消する見込みはほとんどなかった。
しかし、2006年と2010年では一つ大きな違いがあった。それは2008年に自民・公明・民主三党の共同提案による議員立法である宇宙基本法が成立していたことであった。宇宙基本法では、宇宙開発担当大臣が存在し(2010年9月当時は前原国交大臣が兼務)、宇宙開発戦略本部という、これまでにはなかった、国家戦略的な意思決定の場があった(といっても、あまり機能してはいなかったが、その事務局が文科省や経産省から離れて政策立案調査を行うことができた)。
そのため、前原宇宙開発担当大臣がイニシアチブをとり、準天頂衛星を1機だけでとどめるのではなく、きちんとしたシステムとして構築するという政策的方向性が打ち出されることになった。その時のキーワードになったのが「持続可能な測位」である。
欧州がガリレオを進めたのも、中国やロシアやインドがGPSという無料の測位信号を使えるにも関わらず、自らの測位衛星システムを構築しようとしているのは、GPSがアメリカの軍事システムであり、いつ、何時アメリカの都合でGPSが使えなくなるかわからない、アメリカが正確な位置情報を提供し続けるかどうかわからない、というリスクがある、という問題があるからである。つまり、各国とも、GPSに依存せずとも持続的に自分たちで測位ができるようにすることは、国家の責任である、との認識を高めているからである。測位情報(地理空間情報)が社会生活、経済活動の中に深く浸透している現代において、一国の都合でその信号が受けられなくなった場合に発生する社会的な混乱や経済的な損害が非常に大きくなるという懸念(加えて安全保障上の懸念を抱える国もあるだろう)があるから、各国とも自国の測位衛星システムを構築するのである。
そうした流れの中で、日本も自らの測位衛星システムである準天頂衛星システムを構築し、「持続可能な測位」を確立することが重要と判断され、それを実現するための議論が積み重ねられたのである。
前置きが長くなったが、こうした環境の変化と議論の積み重ねにより、昨日、準天頂決議が採択され、閣議決定として「2010年代後半を目処に4機体制を整備する」ことが定められ、さらに「将来的には、持続測位が可能となる7機体制を目指すこととする」という決定がなされた。
2006年の段階では準天頂衛星は3機体制と言われていたが、ここには問題があった。準天頂衛星は日本からみると、ちょうど天頂近く(つまり自分の真上の空)に衛星があるように見えるため、準天頂衛星と呼ばれているが、衛星をこのような位置に配置するためには、特殊な軌道に衛星を乗せる必要がある。また、1機の衛星が準天頂(天頂近く)に滞在できるのは、長くても8時間しかなく、常に準天頂に見えるようにするためには3機が必要(8時間×3機で24時間)だが、衛星はしばしば自らの位置を補正するためにメンテナンスに入るため、3機であれば、衛星から信号を受けられなくなる時間が生じる。そのため、24時間常に信号を受信するためには予備の1機を含む4機体制が必要なのである。
さらに、衛星からの信号で測位をするためには、準天頂に1機だけ見えているだけでは不十分で、自分の位置を割り出すためには4機の衛星から信号を得る必要がある。4機体制の場合、準天頂1機とGPS衛星からの信号とを合わせて自らの位置を割り出すため、GPSが停止した場合は持続的な測位はできない。そのため、常に衛星が4機見えるよう、準天頂衛星4機に加え、静止軌道に同じ信号を出す衛星を3機揃えることで、常に準天頂にある衛星と静止軌道にある衛星からの信号を受けて持続可能な測位を可能にする、ということを意味している。
なので、準天頂決定において「4機体制+将来的に7機体制」という決定がなされたのは、準天頂衛星が将来に向けて持続可能な測位を可能にするシステムとして進められるということを意味しており、その意味では、この閣議決定は極めて重要な意味を持つ。
また、これが決定されたことで、2006年から続いていた宙ぶらりん状態は解消し、新たな宇宙開発の仕組みが生まれることとなった。これまでは開発四省+内閣府と内閣官房といういびつな状況にあり、予算は文科省の研究開発予算しか付けられなかった準天頂衛星であるが、この準天頂決定では「我が国として実用準天頂衛星システムの開発・整備・運用は、準天頂衛星初号機「みちびき」の成果を活用しつつ、内閣府が実施することとし、関連する予算要求を行うものとする」として、内閣府にその開発・整備・運用権限を与えたからである。
これによって、開発四省などから離れ、内閣府が独自で予算要求を行い、衛星の運用にまで至る過程をすべて管理することとなった。これは2006年の状況とは大きく変わった点であり、ようやっと準天頂が居場所を見つけたのである。
また、これによって、これまで宇宙開発の主導権を握ってきた文科省でも、またそのライバルとして独自のプログラムを進めてきた経産省でもなく、内閣府で準天頂衛星を整備・運用することで、その衛星からの信号を他の省庁が利用し、公的なインフラとして準天頂衛星システムを活用することができるようになったのである。
これは2008年の宇宙基本法が目指してきた、「開発から利用へ」という流れを実現する第一歩として記された大きな決定であると同時に、宇宙基本法が進めるべきとしていた、政策決定の一元化に一歩近づくものとして見ることができる。
ここまでがGood Newsである。ちょっと長くなったので、記事を変えてBad Newsを説明したい。
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