2011年7月13日水曜日

川口淳一郎先生の宇宙基本法の誤解

今日の読売新聞の朝刊の『論点』で、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーの川口淳一郎先生の議論が掲載されていたが、残念ながらオンラインで公開されていないので、著作権を侵害しない程度に引用しながら話を進めていきたい。

川口先生はもう知らない人がいないほどの有名人になってしまい、今や国民的ヒーローなので、なかなかコメントしづらいところもあるが、彼とは国際宇宙アカデミー(International Academy of Astronautics)の会員同士で、毎年食事のテーブルが一緒になるので、許していただけるかな、と期待しながらコメントしたい。

川口先生の議論はシャトル後の宇宙開発は「新世界につながるような輸送機を目指すべき」という論点から始まる。これはロケットと飛行機の中間みたいな存在で、第二次大戦後には構想としては存在しており、1980年代にはドイツやイギリスで本格的に開発をしようという段階にまで至ったが、まだ実現していない技術である。

このような新型の輸送機は、これまで宇宙開発の考え方とは決定的に異なるものであり、是非とも進めるべきである。これまでの宇宙開発は、スペースシャトルに代表されるように、A地点から出発してA地点に帰ってくる、というものであった。宇宙ステーションを建設し、そこに人が滞在することになって、ようやっとA地点から出発し、宇宙ステーションに滞在して、A地点にもどってくるという仕組みになったが、これも本質的にはあまり違いがない。つまり、A地点からA地点にもどってくる乗り物でしかない、ということなのである。

地球上でA地点からA地点に帰ってくるものは、観覧車やジェットコースターといった遊園地の乗り物が典型であろう。つまり「乗っていることが楽しい」という乗り物である。これは乗っている人のエンターテイメントとしては良いが、それ自体が生み出す付加価値はあまり大きくない。言いかえれば、飛行機のようにA地点からB地点に「移動」し、B地点において何らかの行動(たとえば観光やビジネス)をするという付加価値を高めるようなことにはなっていない。

しかし、川口先生の提案しているロケットと飛行機の相の子のような輸送機であれば、A地点からB地点に移動するということを目的としているため、それを観光で利用する人、ビジネスで利用する人に大きな付加価値を提供する。これまで12時間かかっていた大陸間飛行を1-2時間で済むようになるのだから、それは人々の考え方や世界観をも変えるものになるだろう。

ただし、一つ留保をつけておきたいのは、かつてコンコルドという超音速旅客機が同じような付加価値を目指して開発されたが、結果的に経済性や騒音対策など、さまざまな問題を抱えて事業としては失敗した。ロケットと飛行機の相の子のような輸送機も同じ轍を踏まないとは言い切れないので、そうした教訓をしっかり踏まえておく必要があるだろう。

さて、川口先生の議論は、突如、日本の宇宙開発は「大きな誤解をしている」という議論に突入し、宇宙基本法の「考え方に少し疑問がある」と論じている。宇宙基本法では技術開発中心から利用中心にシフトするということは「悪いとは思わない」が、「宇宙開発が最も宇宙開発らしいのは、新たな空間、つまり人類のフロンティアを開拓することだ」と述べている。

ここに猛烈な違和感を感じる。というのも、先に論じたロケットと飛行機の相の子は、技術的なフロンティアを目指すものではあるが、その技術自体は「利用中心」のものである。A地点からB地点まで移動するための手段として新しい輸送機を開発するということは、空間的なフロンティア(火星に行くとか小惑星を探査する)ということとは何の関係もない。

つまり、川口先生は、自ら「政府の宇宙開発が議論すべきことはそういう(新しい輸送機-引用者註)ことだ」とおっしゃっているのに、自らの発言を否定するように、「利用中心」では宇宙開発らしくない、もっと「開拓」せよ、とおっしゃっているのである。

さらに、気になるのは、宇宙基本法をきちんと読めば、川口先生のおっしゃる「(宇宙)空間の開拓」を止めろとか、重要でない、という設定になっていない。むしろ、宇宙空間の開拓はどんどんやれ、という法律になっている。

宇宙基本法の第五条では、「宇宙開発利用は、宇宙に係る知識の集積が人類にとっての知的資産であることにかんがみ、先端的な宇宙開発利用の推進及び宇宙科学の振興等により、人類の宇宙への夢の実現及び人類社会の発展に資するよう行われなければならない」と書いてある。この条文の中には「利用のために宇宙空間の開拓を止めろ」というニュアンスは一切含まれていない。むしろ素直に読めば、宇宙基本法は新しい技術に挑戦し、人類の夢の実現や人類社会の発展に資することをやれ、と書いてある。

川口先生は「宇宙開発とは即物的利用だけではない」とおっしゃっているが、それはその通りで、それは宇宙基本法に書いてある。この第五条をまったく無視してお話をされているのか、それとも、この第五条をご存じないのか、それとも、何らかの理由で、この第五条に書かれていることを信じていないのか、どれかであろう。

勝手な解釈をすれば、川口先生はきちんと法律を読まないまま、印象論だけで議論されているのではないか、という疑念がぬぐえない。国民的ヒーローである川口先生に向かってこういうのも気が引けるが、やはり、川口先生ほどの影響力のある方が、世界でも有数の発行部数を誇る読売新聞で、きちんと法律を読まずに印象論だけで語られることは、ちょっといただけない。宇宙基本法を批判するとしても、せめて法律に書かれていることに基づいて議論するべきなのではないだろうか。

川口先生は、論稿の結論部で「大事なのはバランスだ」とおっしゃっている。これはその通りで、まったく異論はない。利用中心のプログラム(たとえば準天頂衛星)と、宇宙空間を開拓し、人類の宇宙の夢を実現しようとするプログラム(たとえば「はやぶさ」)とは別物である。後者については、保守的にならず、研究者、技術者の自由度を高めて創造的な活動を進めることが前提となっている。つまり、利用する宇宙開発を進めつつ、宇宙を開拓し、人類の夢の実現を目指すプログラムもバランスよくやる、というのが宇宙基本法の考え方なのである。

ゆえに川口先生のように影響力のある方が、きちんと宇宙基本法の考え方を理解し、その影響力と社会への訴求力を用いて、宇宙基本法第五条に基づいて、自らがベストと思われるプログラムをどんどん進め、「保守的」になることなく、宇宙空間の開拓を進めていってほしいと願っている。

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