2013年9月14日土曜日

軍事技術に無邪気に近づいていくJAXA

昨日、イプシロンに関するコメントを掲載したが、もう一つ気になっていることがあるので、連日の投稿になりますがご容赦ください。

その気になっていることとは、来年度の概算要求で文科省から出された、超低高度衛星技術試験機(SLATS)と呼ばれる衛星です。

この衛星は高度200-300kmと、宇宙空間とはいえ、地球の重力と大気の影響を受ける軌道を周回する衛星で、地球に近いところから画像を撮るため、非常に高い分解能(解像度)を持つ衛星になると考えられています。

地球に近いと、すぐに重力に引っ張られ、大気に寄る空気抵抗を受けるため、すぐに大気圏に突入してしまいそうなのですが、そこで「はやぶさ」で実証されたイオンエンジン(太陽光パネルによって発電された電気で推進力を得るエンジン)を活用し、軌道位置を維持するということが想定されています。イオンエンジンは電力で動くため、軌道位置を維持するための燃料を積む必要がなく、長期間にわたって燃料切れの心配なく運用できるという特徴があるとのことです。

これ自体は技術的に興味深い計画であり、実際に打ち上げることになれば、世界にもインパクトを与えることが出来る衛星だと思います。しかし、イプシロンと同様、この衛星は安全保障という観点から見ると、色々と問題があるように思っています。

というのは、これだけ低高度の軌道を飛翔し、分解能の高い画像を撮ることができるということは、偵察衛星の機能と全く変わりがない、ということです。まだどの程度の分解能にするのかは決まっていないのですが、有効開口径(簡単に言えば望遠鏡のサイズ)が30センチだと40-60センチの分解能、50センチだと20-40センチの分解能、70センチだと15-25センチの分解能という想定がなされています。分解能とは、どのくらいの大きさのものを識別できるか、という能力を計る尺度で、現在使われている情報収集衛星が60センチ(一辺が60センチの物体であれば認識できる)なので、このSLATSは、それよりもはるかに高い分解能を持ち、アメリカなどが偵察衛星として使っている衛星とほとんど同じ性能を目指していると言えます。

果たして、これだけ高分解能の衛星をもって、何に使うのでしょうか。JAXAの資料(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/09/06/1338400_8.pdf)によれば、技術実証の他、大気密度に関するデータの取得、原子状酸素に関するデータの取得、小型高分解能光学センサによる高分解能撮像、というミッションがある、と措定されています。

つまり、JAXAはそれだけの高分解能画像を取得することについての問題意識というか、安全保障上のインプリケーションについて、何も示しておらず、ただ「高い能力を持った衛星を作ったぜ!」ということだけを目指しているとしか読み取れません。その技術が持ちうる、政治的・社会的問題について、全く無頓着に高性能の衛星を開発するということは、果たして国の政策として適切なのか、疑問が残ります。

私はJAXAが安全保障目的の衛星を開発することに反対するわけではありません。宇宙基本法では、日本と世界の平和と安全にかかわる衛星を作ることは認められています。なので、原理的に「安全保障・防衛に関連する衛星を作るべきではない」という主張をするつもりはありません。

しかし、このSLATSを打ち上げた時、世界はこの衛星をどう見るのか、と考えると、変な誤解を生む可能性があるということは懸念しています。世界の宇宙コミュニティ、安全保障コミュニティ、諜報機関は「日本は高性能の偵察衛星を打ち上げた」と認識することは容易に想像できます。さらに「日本はなぜこれだけの高性能の偵察衛星を打ち上げる必要があるのだろうか?ひょっとして、関係が悪化している国に対して軍事攻撃を仕掛けるつもりなのではないか」という疑問が生まれる可能性も否定できません。

そういう疑問に対して、JAXAはどう答えるつもりなのか、全く明らかにされていません。仮に内閣府の宇宙戦略室が、将来にわたって日本が高性能の偵察衛星を保有し、それによって地域の平和と安全を守ることをめざし、その衛星が撮影した画像は公開する、といったことを表明するのであれば、他の国々の人達も、ある程度納得するかもしれません。ないしは、純粋に「現在、日本は外国からの脅威にさらされているから、それを監視する必要がある。しかし、これは外国を攻撃することを目的とせず、監視をするためだけに使う」という言い方でもよいかもしれません。

しかし、今回、概算要求に出された資料からは、その衛星が撮った画像をどう使うかもはっきりせず、内閣府からも、宇宙政策委員会からも具体的な説明はなされていません。 こうした透明性の欠如というか、どのような意図をもって衛星の開発をするのかという説明の欠如は、不要な憶測を呼び、日本に対する信頼を失う可能性もあります。

私が想像するに、今回のSLATSが概算要求に入れられたのは、宇宙基本法が出来て以来、JAXAは「研究開発ばかりしていて役に立つ衛星を作っていない」という批判にこたえるため、何とか役に立ちそうな衛星を開発しよう、と意気込んだからなのだろうと思っています。その意気は良いのですが、しかし、そうして頑張って高い性能の衛星を開発しても、それが「何のために使われるのか」ということがはっきりしなければ、余計な心配を招く結果になります。

つまり、問題は、JAXAが研究開発機関として、無邪気に技術開発に邁進した結果、意図せざる結果として、諸外国から不信感を招くというところにあります。JAXAも文科省も予算がなければ生きていけない組織ですから、何とかして予算を獲得するよう努力していると思います。しかし、予算を取るために何をやってもよいというわけではありません。きちんと、その技術を何の目的で、どのように使うのか、ということをはっきり想定した上で、そうしたニーズに合わせて技術開発をするのだ、ということを明確にする必要があります。

JAXAはこれまで研究開発機関として存在しており、新しい技術、素晴らしい技術を開発していればよい、という組織でした。日本の宇宙開発が半人前で、諸外国が持っている技術にキャッチアップするという時代であれば、それでも良かったでしょう。実際、JAXA(その前身のNASDA時代も含め)が急速な勢いで技術を取得し、日本の宇宙開発をリードしてきたことは素晴らしいことだと思います。

しかし、もう時代は変わりました。日本の宇宙開発は立派に世界で通用するものになり、一人前の宇宙開発を進める段階に来ています。そうした中で、無邪気に技術開発して、新しいもの、素晴らしいものを作ればよい、というだけでは生きていけない時代になったと考えています。

いま必要なことは、JAXAが無邪気に技術開発をすることではなく、日本がどのような衛星を、どのような目的で必要としているのかを精査し、その衛星を実現するために研究開発をする、という仕組みにしていくことです。

つまり、これまでは「衛星を開発しました。どうぞ使ってください」という技術開発→利用、という流れだったのですが、これからは「こんな衛星が必要だ。だから作ってください」という利用→技術開発という流れにしなければいけないのです。2008年に成立した宇宙基本法はまさにそれを目指しているものだと考えています。

無邪気に技術開発を続け、知らない間に軍事技術と同等のものを作り、諸外国から不審に思われるようなことは避けなければなりません。 そのためにも、利用目的と手段をはっきり定めた上で技術開発をするということが大事になります。言い方を変えれば、JAXAが無邪気に技術開発をすることは、技術者の暴走と取られても仕方がないことであり、日本という国のイメージ、信頼を損ねる結果になる可能性を秘めているということです。そうならないようにするためにも、利用目的を定め、JAXAの技術開発プログラムをコントロールするための司令塔である、宇宙開発担当大臣(現在は山本一太大臣)、宇宙政策委員会、内閣府宇宙戦略室が宇宙開発計画をしっかりと策定し、それに従ってJAXAは研究開発をする、という政策の流れを作ることです。JAXAが予算欲しさに無邪気に衛星を作ることは、その流れに反することであり、宇宙政策のあり方として適切な流れではないと考えております。

2013年9月13日金曜日

イプシロンを巡る諸問題



大変長い間、ブログの更新をサボっていましたが、アメリカでの研究生活を終え、帰国してようやっと元の生活に戻りつつある中で、そろそろ再開しなければと思い、久しぶりに筆をとっております。といっても、今回は、あるメディアの方から頂いた、イプシロンに関する質問にメールで答えたものを転載しているだけなので、「筆をとる」というほど大げさなものではないのですが…。

8月末の打ち上げが「中止」となったことで、ブログに出すタイミングを失っていましたが、9月14日に打ち上げが予定されており、うまくいけば当日のテレビや翌日の新聞にはイプシロンを巡る記事が溢れると思うので、今のうちに掲載しておこうと思います。以下のメディアへの回答は長いので、全文が掲載されることはないと思います。なので、ここで発表してしまっても問題はないと判断しています。

では、以下にメディアへの回答を転載しておきます。

・イプシロンの評価について

イプシロンについては、これまでのM-Vのコスト高を是正するという一点に集中して開発され、モバイル管制を含む、様々な革新的技術を実現するロケットとして、評価することはできます。

しかし、それは単なる技術面での評価であり、日本のロケット戦略、宇宙政策全体から見ると、果たして日本に固体ロケットが必要なのか、H-IIA/Bおよび新型基幹ロケットが開発される中で、日本にそれだけ多くのロケットを持つ必要があるのか、商業市場に参入するとしても、果たしてイプシロンが内之浦から打ち上げられることを前提にするとそうした商業的な競争力は射場設備も含めて十分なのか、さらにはミサイルと同等の技術であり、人工知能による打ち上げ管理など、極めて自律性の高い技術を導入する固体ロケットは、外国から見てミサイルの開発と疑われることはないのか、とりわけ中韓との関係が悪化している中で、また北朝鮮が核・ミサイル開発をしている中で、日本がイプシロンを今、この時期に打ち上げることが外国に対してどのようなメッセージとして伝わるか考えているのか、など、様々な点で疑問が残るロケットだと思っています。

ですので、個人的にはイプシロンは技術先行型の優秀なロケットではあるが、政策的にきちんと位置付けられておらず、むしろマイナスの側面もあるロケット、と評価しております。

・他国のロケットとの競争について

ドニエプルだけでなく、ロコットなどもあり、小型ロケット市場で勝負するのは難しいと思います。ドニエプルもロコットも元々はソ連のICBM技術の応用ないしは、ICBMそのものの流用であり、コスト面ではどう頑張っても太刀打ちできないところがあると思います。また、小型ロケットの市場となると、科学衛星や安全保障に絡む偵察衛星などが中心となるかと思いますが、日本にはそれだけの数の科学衛星がなく、仮に、現在、開発を検討している海洋監視衛星をイプシロンで上げるとしても、十分な実績を積むほどのチャンスはないかもしれないと考えています。時折、イプシロン関係者からは、コストの削減による商業市場への参入、といったことが聞かれますが、きちんとした市場調査をした形跡もなく、どのくらいの需要を見込んでいるのか、ということも定かではありません。ですので、現時点ではロシアのロケットと勝負するのは難しい状況にあると考えています。

・将来の打ち上げ計画について

最終的に、このイプシロンがどのような意図や目的をもって開発されたのか、ということを考えると、搭載する衛星が日本国内で2機しかなく、将来的に海洋監視衛星を打ち上げるとしても、極めて限られた数しかない、ということは、このロケットに実績を与え、国際市場で競争させるという意図はあまり感じません。

むしろ、イプシロンは、ISASJAXA宇宙科学研究所)がM-Vを失ってから、何とかISASのロケットを復活させたいと考えている人たちによって強くロビイングされ、文科省もそれを受けて開発していったものと見ています。また、それを支えた論理として「固体ロケット技術は将来のミサイル技術になりうるものだから、維持しなければならない」というものがあり、この論理で考えている政治家や産業界の方々によって支持されてきた結果であるともいえます。確かに固体ロケット技術はミサイル技術に転用可能な技術ですので、将来、日本が弾道ミサイルを開発するという戦略的なビジョンがあるなら、そうした技術を保持することは大事だろうと思います。しかし、現在進んでいる憲法改正の議論においても、敵基地攻撃に弾道ミサイルを使うといったところまで議論が進んでおらず、先制攻撃の手段であり、また抑止の手段である弾道ミサイルの技術の維持という論理は、かなり危ういものがあると考えております。

技術開発をしたいと願う人達が、こうした危うい論理をおもちゃにして固体ロケット開発をしているということであれば、ちょっと危険な火遊びのようにも思います。もちろん、これはあくまでも憶測ではありますが、全く根拠のない話ではないと考えています。

・今後の課題

イプシロンの持つ、革新的な技術は、これからのロケット開発において、大変有用なものであり、これをどう生かしていくかということが課題になると思います。しかし、上述したように、ミサイル技術としての性格を持つ固体ロケット技術を深化させていくとなると、無用な誤解を与える可能性もあり、ただでさえ、近隣諸国との関係がうまくいっていない現在、こうした無用な誤解が変な方向に発展する可能性もあります。それゆえ、きちんと政策的な意図をはっきり打ち出し、他国の懸念を払しょくする、ないしは、他国に懸念を抱かれないようにするための政治的なアクション(ジェスチャー)が必要だと思います。これまで宇宙開発は、ややもすれば技術者の論理が優先し、そうした国際政治や安全保障の文脈が見過ごされてきた側面があると考えています。宇宙基本法が成立して、宇宙と外交、宇宙と安全保障のリンクが強まった現在、そうした側面からの分析、考慮というのも必要になると考えています。これはイプシロンの課題というよりは、今後の日本の宇宙政策の課題だと思っています。

2013年4月13日土曜日

カーネギー財団主催、核・原子力政策国際会議でのパネルディスカッション

しばらくブログの更新をサボっていてすみません。サバティカルでアメリカにいるのは良いのですが、サバティカルであるがゆえに暇だと思われているのか、それとも授業などの理由で断ることが出来ないからなのか、とにかく出張が多く、また論文や原稿の締め切りにも追われており、ブログでまとまった文章を書く時間がありませんでした。

そのような出張の中で、記録に残し、皆さんにも見ていただきたいと思うものがあったので、久しぶりにブログに書き込む決意をいたしました(そのくらい気合を入れないと書けないわけではないのですが…)。しばらくお付き合いいただければ幸いです。

さて、その出張とは、4月8日にワシントンDCで行われたカーネギー国際平和財団(Carnegie Endowment for International Peace)主催の核・原子力政策国際会議(Carnegie International Nuclear Policy Conference)で、民間事故調(福島原発事故独立検証委員会)の報告書の紹介をするよう、カーネギー側からお誘いがあり、たまたまアメリカにいるという理由で私が民間事故調委員長の北澤先生やプロジェクト・リーダーの船橋洋一さんの名代として発表するということになり、2日間にわたって会議に参加した件です。

元々、船橋さんから連絡をいただいた時は私が一人で報告して質疑に答えるという形だと思って安請け合いしたのですが、その後、カーネギー側から「パネルディスカッションの形式にしてほしい」という要望があり、しかも向こうから誘っておきながら「すでに会議のプログラムは決定しているので、サイドイベント(プログラムの正式なパネルではなく、その場を借りて自発的に開催するパネル)としてやってほしいとのこと。しかも、サイドイベントなので朝早く、7:45から一時間という枠しかない、という話になり、ちょっと困ってしまいました。

そんな中で、どうせパネルを組むのであれば、福島原発事故当時にアメリカ側で対応した当時のNRC委員長のヤツコさんに頼んでみてはどうだろう、ということになり、私が窓口になってお誘いしました。また、ヤツコさんだけでなく、私が現在所属しているプリンストン大学で原子力政策、特にインドの原子力政策をやっているM.V.ラマナ研究員にもお願いして、「福島原発事故の検証:国際的視点から」ということで、私とヤツコさんとラマナさんの三人でパネルを組むことになりました。

すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、ヤツコさんは2012年5月に任期を満了する前にNRC委員長の職を辞し、今はどの組織にも所属していない状態です。彼の辞任については、様々な風評も含め、色々な憶測があるようですが、それについては私からあれこれ言うこともできないので、ここでは控えておきます。ただ、一部の報道にあるようなパワハラやエキセントリックな性格といった評価は、かなり違和感があります。私がお会いし、議論をしたヤツコさんは大変誠実な人であることは確かで、人の話をよく聞き、頭の回転の速い人であることも確かです。なので、私は最初から変な先入観もなく、大変有意義な議論をさせていただきました。

パネルディスカッションの前に打ち合わせも兼ねてパネルを組んだ三人と民間事故調の事務局を務めてくれた北澤桂さん(パネルの司会もしていただきました)などと一緒に会食した時の議論については、すでにツイッターでつぶやいており、それをまとめていただいているので、そちらをご参照ください(http://togetter.com/li/484921)。

さて、パネルディスカッションですが、初日の朝7:45、まだ会議の開会式が始まる前のセッションであったにも関わらず、立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。元々この会議は核不拡散問題を中心に、軍縮畑の人たちが集まる世界最大の会議で、それが核戦略や原子力安全、核燃料サイクルなどなど、核と原子力(英語にすると両方ともNuclearですが)にかかわる政策的な問題を専門にしている研究者と実務家、ジャーナリストが集まる会議で、50ヶ国ちかくから800人以上が参加する会議です。我々のセッションの部屋は70-80人くらいの収容規模だったので、参加者の一割に当たるわけですが、朝早くそんなに人はいないだろうと思っていたら、立ち見がでて、延べ150人近くの方に来ていただいたのは完全に想定外でした。

とはいえ、その人たちがみんな福島原発事故に関心があるのか、と言われると少しためらってしまうところがあります。もちろん核・原子力政策に関心がある人は福島原発事故に関心があるので、関心があって当然ともいえるのですが、朝早くからそれだけの人を集めることが出来たのは、やはりNRC委員長を辞任して以来、ほとんど公の場に姿を現さなかったヤツコさんの話を聞きたいというモチベーションがあったからなのだろうと思います。その意味で、多くの人に民間事故調の報告書の紹介が出来たのは良かったと思いますが、皆さんの関心がヤツコさんにあったとなると、少し歯がゆい感じもします。

さて、パネルディスカッションですが、本当はパネルのディスカッションにしたかったのですが、一時間という枠しかなく、しかも想像以上にオーディエンスが多かったので、三人のオープニング・リマークスを終えた後、すぐに質疑応答に入るという段取りに変更しました。オープニング・リマークスとして、私は民間事故調の報告書の論点を取り上げ、特に「絶対安全神話」が原発安全規制の基礎となる考え方にあり、それが結果的に「備え」の欠如や複雑な規制ガバナンス体制、さらにはスリーマイルアイランド事故やチェルノブイリ事故の教訓を受け入れなかった理由となった、という話をし、官邸の対応が遅れたことはそうしたガバナンスの問題であったことや日米協議が当初スムーズに進まなかったことについても、責任の所在が不明なことが多く、東電と政府の間の情報共有が不足していたため、アメリカ側のフラストレーションがたまり、それが日米で異なる判断に結びついて、適切な危機管理コミュニケーションが出来なかった点などを指摘しました。

その次にヤツコさんにお話しいただいたのですが、非常に興味深い話で、ニューヨークタイムズの記事(http://www.nytimes.com/2013/04/09/us/ex-regulator-says-nuclear-reactors-in-united-states-are-flawed.html)としても取り上げられました。まず彼は、福島の事故は「日本の事故」として受け止めるべきではなく、原子力安全規制にかかわる者全てが自分の問題として捉えるべきである、という発言から始めました。直接言及はしていませんでしたが、国会事故調が福島原発事故を"made in Japan"の事故として描いたことに対する批判でもあったかと思います(今のところ、日本から出されている英語の報告書としては国会事故調の英文抄訳が一番流通している)。

ヤツコさんは私の報告を受けて、「アメリカにも『安全神話はある』」として、これまでの規制者としての経験から、日本のようにシステムレベルでの安全神話はなくとも、アメリカの原発のオペレーターにも、規制者にも自発的にどこかで事故は起こらないもの、事故が起こっても一定の想定の中で起こるものという認識がある、という話をしていました。特に問題として挙げたのは、アメリカにおける確率論的リスクの考え方で、それぞれの機器が同時に壊れることはない、という想定から、一つ一つの機器が壊れるリスクを掛け算してリスクが低いと結論付けることに疑問を呈しました。これは、福島第一原発が津波によって電源を失い、本来個別に壊れていくと想定されていたものが一気に同時に壊れるというのを間近で見ていた実感なのだろうと思いました。

また、ヤツコさんが指摘した重要な点は、これまでアメリカでも世界中でも、事故が起こった時の直接のインパクト(Immediate Impact)についてはしっかり規制してきたが、長期的なインパクト、特に社会経済的なインパクトについては十分考慮してこなかった、ということです。これまで原子力安全の考え方は、あくまでも施設の安全を考えるということが第一であったわけで、周辺住民が避難し、長期的に家に帰れない、これまでの財産や仕事を全て失うという状況は、アメリカでは想定されてこなかったと指摘。特に放射性物質による汚染をいかに軽減するのか、ということを考えるべきだ、ということを指摘しました。

そして、これが新聞などで大きく取り上げられる発言となったのですが、アメリカも世界もこれからは「より安全な電源」を考えなければならない、という話をしました。すぐに全ての原発を止めるのは合理的ではないが、すでに40年以上の運転をしている原発の安全性は十分とはいえず、1979年のスリーマイルアイランド事故以来、新規原発を作ってこなかったのだから、現在稼働中の原発は全て何らかの問題があるとして見直していくべきであり、事故が起こったとしても長期的な社会経済へのインパクトを下げるための準備が必要だ、という話をしました。このカーネギー財団の会議は核不拡散や原子力政策の専門家が集まる会議なので、核兵器をいかに使わないようにするか、原発をいかに安全に使うか、ということは議論しても、極端な核廃絶論や原発廃止論という議論は出てこない会議なので、ヤツコさんの発言はかなり驚きを持って受け止められました。もちろんヤツコさんも即座に原発をなくせと言っているわけではなく、より安全な小型原子炉への移行や新しい安全措置を施した原発へのリプレイスといったことを話していたのですが、過去のいきさつもあり、ヤツコさんがかなり過激な発言をしたということで話題を集めました。

その後、ラマナさんはインドにおける原子力安全規制の問題について報告したのですが、これも実は重要なメッセージがたくさん入った良い報告でした。彼は2013年の2月にThe Power of Promise: Examining Nuclear Energy in India(http://www.amazon.com/Power-Promise-Examining-Nuclear-Energy/dp/0670081701/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1365801732&sr=1-1)という本を出版したばかりで、まさにインドにおける経済成長に必要な電源を原子力で賄おうとしている中で、政府が原子力推進一辺倒の立場に立っていることに警告を発し、インドの市民団体が原発建設反対運動をしている最中に福島原発事故が起こったことで、インドの多くの人が原発建設を推し進めることに疑問を持ち始めているとの話を紹介していました。その中で、インド政府は何とかして反対する市民団体を説得するために、日本における「絶対安全神話」を持ちだし、福島原発事故を「日本の事故であり、インドでは同じことは起こらない」という、かつて日本がスリーマイルアイランド事故やチェルノブイリ事故を無視したのと同じ状態が起きていることを指摘しました。

質疑応答ではやはりヤツコさんの発言に質問が集中し、アメリカの原発の中でもどこが問題があるのか、といったことや彼がユッカ・マウンテンの決定を遅らせたのも福島原発事故の影響だったのか、といった質問が多くありました。福島原発事故に関連するものとしては、当時の日本政府の対応のまずさがなぜそうなったのか、情報発信が適切でなかったのはなぜか、どうすれば適切な情報が提供できるか、また日本が原発安全規制のガバナンスを変えていく中で、今、何が問題なのかという質問がありました。情報発信については、いろんな人があれこれ言うことを止めることはできないが、政府がきちんと「権威を持って説得力のある情報提供」をすることが大事なのに、福島では東電、官邸、保安院がバラバラで説明し、枝野官房長官が取りまとめをしようとして結果的に情報が出にくくなったことが問題であると指摘しました。また、新しい体制は安全規制についてはしっかりしようという努力が見られるが、核のセキュリティ(原発施設や核燃料の防護)などについてはまだ十分な措置が取られていないという点についてを説明しました。

このように、大変中身の濃いパネルディスカッションとなりましたが、民間事故調が2013年末に英文の報告書を出すこともあり、それへの関心も持ってもらえるようになったので、とりあえず私に与えられた役目は果たしたかな、と思っています。

ここからは余談ですが、今回、このカーネギー国際平和財団の会議に出たのですが、予想していたよりもはるかに人が多くてびっくりしました。しかも、その中で女性が多いことが特に驚きでした。半分とまでは行かないですが、3割くらいは女性で、アメリカだけでなく各国から来ている参加者も女性が多かったです。普段、宇宙関係の国際会議に良く出ますが、宇宙は男性が圧倒的に多く、女性もいないわけではないですが、やはり1割程度。なぜ核不拡散や原子力政策にこんなに女性が集まるのか、ちょっと不思議ではあります。なお、ヤツコさんの後任の現在のNRC委員長も女性ですね。

それと、元々核不拡散の問題を扱う会議なので、ロシアの存在感が非常に大きかったということです。宇宙でもロシアは十分存在感があるはずなのですが、それほど目立つという感じではありません。しかし、核戦略や不拡散の問題となると、どうしてもロシアを外すわけにはいかないのと、このカーネギー財団の会議がある意味では、米ソ冷戦時代の対話のチャンネルとして機能していた(いわゆるトラック2)ということもあり、パネルにはアメリカ+ロシア+もう一人、といった感じの組み合わせが多かったのではないかと思います。

もう一つ、雑感として持ったのが、それでも核が一番重要、という議論はどこまで現実を反映しているのか、ということへの疑問でした。参加したセッションの一つに「サイバー攻撃や対衛星攻撃に核は報復として使えるか」というタイトルのセッションがあり、さすがにパネリストも無理な設定だと苦笑いしていましたが、それでもかなり真面目に核兵器が最終的な抑止力になるという前提で議論を進めていたので、かなり違和感がありました。核不拡散の問題に取り組む人たちは、当然、核兵器の恐ろしさを良く認識しているだけに、その核兵器が持つ圧倒的な力を使って、リスクをどう抑止するのか、という発想になりがちになるところに、普段から核問題をやっているわけではない立場から見ると強い違和感を覚えるところがありました。

だいぶ長くなってしまいましたが、カーネギーでの会議は大変有意義だったので、それが皆さんとシェアできれば幸いです。

2013年1月17日木曜日

ARGOとZero Dark Thirty

今回のブログはちょっと趣向を変えて、今年のゴールデン・グローブ賞受賞作であり、アカデミー賞の有力候補でもある二つの映画についてコメントしたい。なお、日本での公開はまだだと思うので、内容を知りたくない人は読まないでほしい(わざわざ読みに来ていただいているのに読むな、というのも変な話ですが…)。

=====ネタバレ注意=====

さて、この二つの映画だが扱っている時代が大きく異なるとはいえ、実話をもとにした脚本であり、CIAの活動がストーリーの中心であり、アメリカとイスラムとの関係を考える上では共通点も多い映画である。

ご存知の方も多いと思うが、ARGOは1979年のイラン・イスラム革命でアメリカ大使館が占拠された際、難を逃れた6人の大使館員をイラン国外に退出させるオペレーションの話であり、Zero Dark Thirtyは9.11後にCIAがオサマ・ビン・ラディンの居場所を突き止め、最終的に海軍の特殊部隊がオサマ・ビン・ラディン(UBL)を殺害するというストーリーである。

まず映画としての評を述べておこう。ゴールデン・グローブでは作品賞、監督賞がARGOと、その監督のベン・アフレック、主演女優賞がZero Dark Thirtyのジェシカ・チャスティンであった。いずれも受賞に値する見ごたえのある映画であり、映画館で見る価値のある映画である。

ただ、やはり作品賞をとっただけあり、ARGOの方が出来は良かった。コメディもやるベン・アフレックが監督をしただけあって、ストーリー展開は脚色が強く、ハリウッド的なストーリー展開(問題発生→問題解決→予期せぬ出来事でハラハラ→何とか英雄的な努力でギリギリ解決、の繰り返し)にきっちりはめてきたという感じ。台詞回しが洒落ていたり、ちょっと笑いを誘うものでもありながら、個人の力ではどうすることもできない時代の流れの中で苦悩しながら生きていく人々の姿を大変生き生きと描いていた。

それに対し、Zero Dark Thirtyは、あまりにも事実に忠実であろうとし、それゆえにエンターテイメントというよりも、ドキュメンタリーを見ているような印象が残る映画であった。CIAが全面的に協力したと言われているが、CIAはこの映画で使われた拷問による情報収集を否定しており、その辺が様々な憶測や議論を呼ぶところでもある。Heart Lockerを作った、キャサリン・ビゲローが監督したということもあって、大きな社会的コンテキストよりは、現場そのものを精密に描いていくというテイストが前面に出ていたこともあるだろう。

このように、二つとも見ごたえのある映画であったが、個人的にはやはりARGOが面白かった。というのも、やはり世界史的に大きな事件の中で、アメリカが有り余る力とアセットを持ちながら、結局、アメリカが世界とどう向き合うのか、コンスタントに悩んでおり、アメリカとイラン、アメリカとイスラム原理主義との関係が現時点に至るまでこじれ続けている姿が非常によく見えるからである。

イランで人質になった大使館員を救出することが最優先事項になってしまったことで、アメリカとイスラム世界との関係を再構築しなければならない転換点に戦略的な思考ではなく、目の前の人質救出からイランとの関係を考えなければならなかったことが痛いほどARGOから伝わってきた。最初から妥協と問題解決が優先され、イランへの反撃(制裁)が優先され、その結果、イラクを支援し、イラン・イラク戦争をけしかけていったことでアメリカの中東政策、対イスラム原理主義戦略がねじれてしまい、イラク戦争、そして「アラブの春」やリビア・シリアへの対策に至るまでの、アメリカの頭痛の種になりつづけた。その点で、ARGOが描いた姿は、単に「突拍子もない人質救出作戦を成功させた」というハッピーエンドの話だけでなく、その後のCIAやアメリカ外交の方向性も示唆するものであったように感じた。

その点、Zero Dark Thirtyは、ジェシカ・チャスティン演じるMaya(実在の人物ではなく、複数の人物を組み合わせたキャラクターのようです)が中心となってストーリーが展開しており、UBLの追跡にかける熱意と上司との軋轢、政権の無理解、情報の不正確さとの戦いに焦点があてられていて、あくまでもCIAという組織の枠組みの中での描写という側面が強かった。1979年よりもはるかに高度な技術を駆使し、より精細な情報が手に入るといっても、結局、諜報活動は人間が行うことであり、CIAという組織の論理の中で進んでいくことを明らかにしている点では面白かった。しかし、話がそこで止まってしまっているという印象も強かった。ARGOで見られた苦悩は影をひそめ、テロとの戦い、UBLの追跡と大きな戦略的目標は決まっているのに、その方法論でもめている、という印象が強いのだ。そこが今一つ、ARGOよりも共感というか、面白さを感じなかった理由かもしれない。

しかし、二つの映画を並べてみると、1979年も2011年も、政治は常に世論の圧力の中で、目標を達成するための手段を選ばなければならず、その手段の倫理性や正当性が問われるのだな、ということを強く感じる。1979年の時点では、まだCIAが国民の目の届かないところで活動し、結果を出すということができたが、2011年の時点では、全てがオンタイムで公開され、ネットを通じて情報が流通してしまうため、より一層、世論の圧力が大きくなっているような印象もある。もちろん、民主主義である以上、それは望ましいし、そうあるべきなのだが、実際に結果を出し、政策目標を実現しなければならないCIAの人たちは大変だなぁ、と同情をする余地もあるように思える。

いずれにしても、この二つの作品は見る価値のある映画だし、今年のアカデミー賞の有力候補なので、今後も見続けられる映画となるだろう。これから見ようと思っている方は是非両方とも見て、比べてみてほしい。

2013年1月3日木曜日

誰に向けた平和主義だったのだろうか

皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

さて、現在、日本の宇宙政策についての英語原稿を執筆している最中なのだが、書きながらふと疑問に思ったことがあるので、少し展開してみたい。

これまで日本の宇宙政策は1969年の「宇宙の平和利用原則」を定めた国会決議によって、防衛省・自衛隊が宇宙システムを開発・保有・運用・利用することは認められておらず、1985年のいわゆる「一般化理論」によって、商業的に提供されるものと同等の機能を持つ宇宙システムであれば利用することが可能とされてきた。

その後、2008年に宇宙基本法が策定され、国会決議の定義が緩められ、「日本国憲法の平和主義に則り」「国際の平和と安全および我が国の安全保障」に資する宇宙開発をすることが可能となった。

ここで思ったのが、これまでの「宇宙の平和利用原則」というのは一体どこまで世界的に理解されてきたのか、ということである。

論文を書くためにいろいろな文献に目を通していると、しばしば「日本の宇宙開発は将来的に軍事利用を目的としたものである」という、あまり根拠が定かでない決めつけに基づいて書かれているものが多く、かなり辟易してくる。

これは、冷戦期から現在に至るまで、宇宙開発が軍事利用と分かちがたく発展してきた結果であり、とりわけアメリカ、ロシア、中国などの論者はこうした「宇宙=軍事利用」を疑うことなき前提として捉えている傾向がみられる。宇宙政策の専門家であれば、日本の状況に対する理解を示すものも少なからずあるが、とりわけ軍事戦略や軍事技術開発を専門とする人たちから見ると、日本の宇宙開発は表面的には平和利用を謳っているが、その本心には軍事利用があると見る人が大半である。

このこと自体は特に驚くことでもないのだが、私が気になったのは、果たして日本の「平和利用原則」は誰に向けられたものだったのか、ということである。

宇宙政策に詳しい人なら改めて言う必要もないが、1969年の国会決議が採択された背景には、アメリカのロケット技術を導入して日本の国産ロケットを作るという話があった。アメリカのロケットは軍事的な目的で開発された技術だから、日本政府も軍事的な目的で技術導入をするのではないかといった疑いがあり、そうではないことを証明するために、全会一致で衆議院で採択したのが「宇宙の平和利用原則」決議である。

この決議の下敷きになったのは原子力基本法における「平和の目的に限り」という文言の解釈であり、ここには自衛隊が開発・運用・利用してはならないという解釈があった。それをロケット技術に当てはめたのが「宇宙の平和利用原則」決議ということになる。

つまり、この決議は国民に向けた、政府は宇宙開発を軍事的な目的に利用せず、完全に自衛隊を排除した宇宙開発をするという宣言という性格を持っている。

ここまでは特に違和感なく理解できるのだが、この決議が「国民に向けた」ものでしかなく、「世界に向けた」宣言になっていないというところに違和感を持つのである。つまり、「平和」という国際システムの中で実現しなければならない事象を、国内に向けてしか考えていなかった、という点に違和感を持つのである。

平和の定義は案外難しいのだが、とりあえず現存の国際秩序が維持され、武力紛争の無い状態とするとしても、「宇宙の平和利用原則」すなわち、日本の宇宙開発が平和の目的に限り行われると宣言し、他国に対して攻撃的な意図を持たないだけでなく、他国の軍事活動を偵察したり、自衛隊の部隊運用のために通信衛星を使うと言ったこともしない、という宣言は、外国から見れば、奇妙なものと映るであろう。というのも、平和を守り、現存の国際秩序を守るためには、他国の情勢を監視し、紛争に至る可能性のある出来事を、紛争に至る前に解決するのが当然と考えるからである。にもかかわらず、日本の「宇宙の平和利用原則」は、そうした偵察などの行為すら否定するものとして解釈されてきたのである。これでは、外国の軍事戦略の専門家が、日本の「平和利用」の概念を疑ってかかっても仕方がない。

つまり、日本の「宇宙の平和利用原則」というのは、自衛隊を宇宙開発から遠ざけて、国民がとりあえず安心するという、国内向けにのみ取られた宣言であり、外国から訝しく思われることには注意を払わず、外国に対して「日本にとっての平和利用とはこういうものである」といった訴えかけをすることもない宣言であったのである。言い換えれば、「宇宙の平和利用原則」は、国民を満足させるだけの自己満足のための規定であったと言わざるを得ないということである。

既に、2008年の宇宙基本法で、これまでの「宇宙の平和利用原則」の解釈は変更され、こうした自己満足という要素が取り除かれ、「国際の平和と安全および我が国の安全保障」に資する宇宙開発が出来るようになったということは諸外国から見ると、よりわかりやすい定義になったと考えている。実際、アメリカ、欧州、中国の研究者や外交官などと話していると、宇宙基本法の立場の方がよく理解されることが実感できる。

私は、日本国憲法の平和に対する考え方は素晴らしいものがあると思っているし、その理念は守られるべきだと考えている。しかし、その平和憲法の考え方を歪めて解釈し、「宇宙の平和利用=自衛隊が使わないこと」といった、現実に合わない原則にまで展開することには異議がある。私は宇宙の平和利用とは自衛隊を遠ざけることではなく、政府が積極的に宇宙を利用し、紛争が起きる兆候を早期に発見し、紛争に至らないための交渉を行って、武力行使をせずに国際紛争を解決するという意味だと理解している。そのためには、偵察や国連平和維持活動などのために自衛隊が宇宙システムを利用することは積極的に行うべきだと考えている。大事なことは、その自衛隊をきちんと管理し、日本が他国と武力によって紛争を解決するようなことが起こらないように政治が働き、国民がそれを監視することだと思う。その意味では、宇宙システムを自衛隊から遠ざけるだけで安心するのは単なる思考停止でしかなく、本当の意味で平和を求める姿ではないと考える。その点から考えても、宇宙基本法の考え方は積極的に評価したい。

いずれにしても、平和は自己満足からは生まれない。平和を維持し、平和を作り出すためにどうするべきかを真剣に考え、自らが行動を起こすことで平和は成立する。いかにして武力行使をしないで国際的な紛争を解決するのか、という点に目標をおいて、その上でどのような防衛政策、宇宙政策を取るべきかを考えていくのが、これからの日本にとって重要と考える。

その意味では、昨年末に政権交代が起こり、憲法改正を勇ましく叫ぶ自民党政権、安倍政権には若干の不安を感じる。平和憲法を歪めて解釈し、自己満足で平和が成立すると考えるのも愚かだが、逆に憲法を改正して、それで平和が成立すると考えるのも愚かである。この両者は、平和を守るという行為を単純化し、内向きな自己満足だけで平和が成立すると考えている点で、コインの裏表でしかなく、思考停止状態から一歩も踏み出していないとしか言いようがない。政権交代後、安倍政権は勇ましい言説を鉾に収め、現実主義的な政策を展開しているように見えるので、当面、この傾向が継続することが望ましいとは思うが、今年夏の参院選で自民党が勝利し、憲法改正の条件が整ってくると、そうともいかないような気もしている。この不安が的中しないことを望むしかない。

2012年11月21日水曜日

宇宙政策委員会の「公開」について

ツイッター上で科学ジャーナリストの松浦氏(@ShinyaMatsuura)が提起した、宇宙政策委員会の公開について、ちょっとした議論になったので、ここで私の考えをまとめておきたい。なおツイッター上の議論はhttp://togetter.com/li/410648にまとめてあるので、こちらを読んでいただくと議論の流れがわかりやすくなるかと思います。

基本的な論点は、宇宙政策委員会の議論は公開すべきであるという松浦氏の意見に対し、私はその必要はないと考えているというところにあります。松浦氏と私は当然立場も違えば考え方も違うので、議論がかみ合わないのも仕方がないのですが、やはり宇宙政策委員会での審議は公開すべきではないというのが私の結論です。

私はすでに「原子力安全委員会の公開について」というテーマでブログに書いているので、そちらとも議論が重複するところはありますが、宇宙(や原子力)のように安全保障に関連する技術であり、国家が深く関与している技術政策を巡る審議をどう取り扱うかは難しい問題だと思っています。それだからこそ、安易に公開することに抵抗があります。なお、ここで「公開」と言っているのは、審議をオンタイムで公開するということを意味しており、事後的に議事録を公開することを指しているわけではありません。

その理由として、第一に審議を公開することは審議そのものを形骸化させる懸念があるからです。原子力安全委員会もそうでしたが、審議を公開し、人々の前でライブで公開するということは、審議を担当する委員が、周りの目を気にし、自分の発言を当たり障りのないものにしようとする意識が働く可能性を高めます。それは必然的に、事前の打ち合わせや水面下での交渉でだいたいの落とし所を決め、表に出てくるときはすでに大方の流れが決まった中で審議をするという形になってしまう可能性があると考えています。なので、結局、公開をしても、それが形骸化したものであれば、闊達な議論や審議プロセスの透明化に資するものにはならないのではないかと考えています。

第二に、宇宙政策委員会と宇宙開発委員会の性格の違いを踏まえた上で考えると、審議の内容がより複雑な利害関係者を巻き込むため、より一層公開の場での審議にふさわしくないと考えています。かつての宇宙開発委員会は、簡単に言えば「宇宙ムラ」の中の議論であり、関係者は文科省を中心に、わずかな数の省庁と部局にかかわり、多くの審議事項がJAXAの活動を巡るものでした。しかし、宇宙政策委員会が扱う内容は、単なる宇宙技術の研究開発のプロジェクトだけでなく、安全保障の問題も含めた、幅広い利用の問題を取り扱い、関連する省庁も非常に多くなります。また、宇宙政策委員会で審議し、決定する内容は必然的に他の省庁の予算や権限にも影響するため、本気で審議をするとなると、各省庁のエゴや利害が見えてくるようになります。そうしたことを見せたくない省庁は、どんどん水面下に潜ってしまい、国民の知らないところで政策決定がなされるようになり、表に出てくるのは台本で書かれた表向きの議論しかない、という状況になります。

第三に、安全保障も含む宇宙利用ということになると、宇宙政策自体が外交的、対外的な意味合いを持ってくるようになります。一般に外交政策を公開の場で決めることはしないのと同様に、宇宙政策も公開の場で決めるような性質のものではなくなってきていると考えています。外国との駆け引きや戦略的な調整が必要になってくる中で、公開の場で審議しなければならないということになると、日本に情報がもたらされなくなる、というリスクもあると考えています。

これは宇宙開発委員会の時代にもあった話で、たとえばロケットの失敗に関する報告が公開されると、詳細なエンジンの設計や不具合の報告が公開されることになりますが、これは輸出管理規制における「みなし輸出」と呼ばれる規制に引っ掛かる話になってしまいます。「みなし輸出」とは、実際の物品の輸出ではなく、技術情報や設計図など無形の技術が流出することを指し、こうした技術が良からぬ国家にわたることで、その国の軍事的能力を高める可能性を阻止するための規制です。

また、宇宙政策委員会でも宇宙状況監視(SSA)や滞空型無人航空機などの問題が議論されますが、そうしたプログラムについては、日本だけでなく関係する他国の問題にもなってきますので、日本の安全保障政策やグローバルガバナンスのための情報共有の問題などが含まれてきます。こうしたテーマを議論するに当たり、公開の場で審議をするのは適切ではないと考えています。

このように、公開をすることによってマイナスの側面が大きく出てくるということを懸念しているため、宇宙政策委員会での議論は公開にしない方が良いと思っています。

ただし、先にも述べたように、ここでの「公開」というのはオンタイムで、目の前にジャーナリストや国民がいる状態での「公開審議」を指しています。このようなオンタイムの公開はしない方がよいと思っていますが、最終的な議事録の公開はすべきだと思っています。政策決定を判断するうえで、議事録をきちんと誠実につけ、それを公開することは民主主義国家の責務だと考えています。

しかし、議事録の公開も全てを即時に公開する必要はないと思っています。安全保障や各省庁間の利害調整と言った、表に出しにくいものの基準を明示的に決め、その基準に該当するものは3年とか5年といった時間を置いて公開するが、それ以外のものは審議の一週間後に公開する、といった原則で運用することは可能だと考えています。

なので、結論として、このようなオンタイムの公開をせずに一定の基準を設けた上での議事録の公開という形であれば、より闊達に審議が行えると考えており、また、そうした一定の時間を置くことによって、より適切な議論の場を作り出すことが出来るのではないかと考えています。

2012年11月5日月曜日

暗闇で考えたこと

日本でも大きく報道されたハリケーン・サンディは私が住むニュージャージー州を直撃し、大きな被害を出した。日本での報道はニューヨークの被害に関するものが多いが(経済的、政治的インパクトや記者の所在地を考えれば当然だが)、ニュージャージーも沿岸部を中心に大きな被害が出ており、浸水や停電、物資の不足など全域にわたって被害が出ている。

私個人はハリケーンが接近する直前にカリフォルニア州にあるスタンフォード大学での会議に出るため、東海岸を離れており、直接ハリケーンの猛威を目にすることはなかったが、出張中も気が気ではなく、カリフォルニアでは「全く役に立たない」と言われているWeather Channelにくぎ付けであった(カリフォルニアは常に天気が良いので、天気予報が不要)。

ハリケーンが過ぎ去った直後に空港が再開したため、ちょうど帰りの便に間に合い、予定通り東海岸に戻ってきたが、鉄道が止まっていたため、空港から家まではタクシーで帰るしかない状態であった。しかも、主要な幹線道路でも倒木のため通行止めになっている区間が多く、住宅街の中をカーナビを頼りに行ったり来たりしながらの帰り道となった。

家にたどり着いた時には既に家は停電していた。家にいた妻と娘は日曜日の夜から嵐の吹きすさぶ中、停電した家で留守番をしていたのだが、その間、傍にいれなかったのを申し訳なく思うと、「むしろいない方が食糧の減りが少ないから良かった」と、頼もしくも悲しい一言をいただいた。いずれにしても、この嵐と停電の中を切り盛りしてくれた妻には感謝してもしきれない。

さて、出張から帰ったのが水曜日だったが、金曜日の夜まで電気は復旧せず、オール電化の家であるのが災いして、急激に下がる気温の中でも暖を取ることができず、かろうじて蝋燭が明かりと火力と暖房の役割を果たすという状況であった。幸い、近所のスーパーマーケットが自家発電で営業していたため、食料や水の補給の心配はあまりなかったが、凍えるような室内で、蝋燭の火だけを使ってお湯(といってもひと肌より少し暖かい程度)を作り、缶詰の食糧を温め、その明かりだけを頼りに本を読むといった生活が2日続いた。

【東日本大震災の被災者の方々を想って】

こんな環境の中で真っ先に思いが至ったのは、昨年の東日本大震災で津波の被害にあった人たちのことであった。私も昨年の3月11日には東京に出張しており、帰ることもままならなかったのでホテルの宴会場の床で一晩寝るという経験をしたが、電気も食糧も暖房もある状況だったので、一晩だけの問題で済んだが、津波で家や家族を失った人たちが真っ暗な中、この先どうなるかもわからない状況に置かれて、かろうじて避難している姿をテレビで見たことが、今回の停電でいやでも頭によぎった。

今回のハリケーンは震災と異なり、いつ上陸するのかがある程度わかっており、どの程度の備えをしておけばよいかわかっていただけに、心の準備も物資の準備も出来ていたわけだが、東日本大震災の被災者の方々は、突然襲ってきた地震と津波ですべてを失ってしまったわけだから、その衝撃ははるかに大きいものだろうと思う。また、ハリケーンで家を失った人たちも多くいたが、多くの被災者は停電や物資の不足といった被害でとどまっており、時間が経てば復旧することが見込める被害であっただけに、先の見えない不安という点でも、それほど大きなものではなかった。

とはいえ、停電の中で生活することは不便であると同時に、自力で問題を解決できない苛立ちやいつ復旧するかわからないという不安、さらには「本来ならば○○であるのに、それができない」という不満は募っていくものである。特に暖房が止まっていたことで摂氏で5度を下回る気温になる朝晩は厳しいものであった。

東日本大震災の被災者と比べれば、全く問題にならないほどの被害であっても、これだけ精神的にも負担がかかると考えると、震災の被害者の方々の心中を推し量ることは果てしなく難しいということを強く感じた。それは、軽度であれ被害者の立場になって、被害のない地域(特に日本からの仕事のメールなどもこちらの状況はお構いなしにやってくる)との断絶感のようなものを感じながら、きっと震災の被害者ではないところに立っていた自分は、震災の被災者の方々のことを考えているつもりでも、実感を伴ったものではないのだ、ということを痛感することになった。

【大統領選への影響】

さて、停電で何もすることがない状態(実際は限られた資源を使って、何とか最低限の情報収集や生活をしなければいけないのでやることは多かったが、頭を使うことはそれほどなく、労働集約的な仕事が多かった)で、色々とアメリカにおける危機管理の問題について考えを巡らしていた。

まず気になったのは大統領選真っただ中にいるオバマ大統領の影が薄く、ニュージャージー州の知事であるクリス・クリスティが前面に出ていたこと。これは災害対策の中心には州知事が座ることになっており、連邦レベルの機関であるFEMA(連邦緊急事態管理庁)は側面の支援をするという形式になっているからなのだが、数年前のハリケーン・カトリーナではブッシュ大統領とFEMAの動きが遅く、被害への対応が出来ていなかったということで強く批判されていただけに、今回のハリケーンでは大統領が前面に出てくるものと想定していた。

しかも、大統領選の直前、いわゆるOctober Surpriseのタイミング(October surpriseについてはブログに書いたのでご参照ください)であり、大統領選自体が極めて僅差の激戦になっているだけに、オバマ大統領はこれを機会に「大統領らしさ(Presidential)」を押し出し、颯爽と事態を裁いていけば指示を高めることができると思っていた。確かにオバマ大統領は選挙キャンペーンを一時中断し、被害の大きかったニュージャージーのアトランティック・シティ(カジノの街として有名)を訪れたし、共和党出身でロムニー支持だったクリスティ知事と協力することで、「大統領らしさ」は多少演出していた。しかし、「FEMAの予算は削る」とか「災害対策は州で十分」と言っていたロムニーを攻撃するには絶好の機会であるにも関わらず、そうした発言は一切なされなかった(民主党寄りのメディアはこぞってロムニー攻撃の材料を見つけてきたが)。

このオバマの対応は第一回の大統領討論会でも感じた、オバマの稚拙さ、ナイーブさ、優等生過ぎる態度につながっているような印象を受けた。一方でオバマの姿勢は紳士的であり、相手のミスに付け込んだり、被災者を政治の道具のように扱うということをしなかった、という評価もできるだろう。しかし、そうした甘さがロムニーのようにコロコロと発言を翻し、しばしば事実でもないことを担ぎ出してオバマを攻撃するという相手の前に、何となくひ弱な印象を与えてしまうような気がする。

こうしたオバマの甘さ、おとなしさはどこから来るのか、と言う話はまたゆっくり考えてみたいが、少なくとも今回のハリケーン災害でオバマは失点もしなかったが得点もしなかったという印象だった。結果として、このハリケーンは大統領選の行方には大きく影響しないだろう。ただ、被災地での投票が困難になったり、電子投票が出来なくなったため、紙の投票用紙が用いられ、その結果、開票が遅れるといった選挙事務上の影響はある。

【アメリカにおける危機管理とResilience】

今回のハリケーンではアメリカにおける危機管理の一端を垣間見ることができて、その点ではいろいろと考えさせられるところがあった。

まず背景として押さえておかなければいけないのは、昨年にハリケーン・アイリーンがアメリカ北東部に上陸し、大きな被害を出していたということ。ニュージャージーでも3-5日間の停電があったため、すでにハリケーン対策を昨年から始めていたことは大きな違いを生んでいる。アイリーンが直撃した際は、準備が出来ていないところが多く、電源を失って命を失った人や商業施設にも大きな被害が出たが、その教訓から多くの家で自家発電機が準備されており、スーパーなどでも発電設備を備えているところが多かった。

しかし、問題はガソリンスタンドだった。自家発電機の多くはガソリンで動くが(ガスで動くものもある)、タンクを満タンにしていても、一日くらいしか持たない。そのため、ガソリンスタンドには発電機用のガソリンを得るためのタンクを持った人が長蛇の列を作ったが、ガソリンスタンド自体が停電していて、地下のガソリンタンクからポンプでくみ上げることができない、という状態のスタンドが多く見られた。それらのスタンドも自家発電機を用意していたが、それでも不十分という状況であったようだ。

このような対処を見ていると、アメリカにおける危機管理というのは、リスクの発生確率を軽減するというところに向けられているのではなく、被害が起きても、その社会的インパクトを軽減するというところに向けられているように感じた。それは日本における危機管理とは大きく異なるものである。

日本における危機管理は、できるだけ被害が生まれないようにするため、リスクの発生確率を下げることに重点が置かれているように思う。建物の耐震設計やインフラの災害への耐性は、アメリカのそれとは大きく異なる。アメリカのインフラの方が圧倒的に脆弱であり、今回のハリケーンによる停電や変電所の事故、鉄道の運休、地下鉄の浸水防止など、発生確率を下げるための努力がなされていれば防げるものも数多く散見された。しかし、そうしたインフラへの投資が様々な理由で後手に回っており、それだけに災害に対してインフラが大変脆弱であることを身をもって感じた。

もちろん、日本のインフラも災害に対して完璧に対応できているわけではない。その代表例は福島第一原発であろう。津波に対する脆弱性に対する手当をしていなかったために、あれだけの大災害が起きたわけだが、同時に、より震源に近かった女川原発がなんとか事故にならなかったのは、津波の被害に合わない対策が出来ていたのと同時に、地震に対する耐性は高かったことの証明と言えよう。また、インフラの脆弱性といえば、関東地方で雪が降るとすぐに鉄道が止まるというのも、その脆弱性の一端といえるだろう。これは北海道に住まいのある身からすると、考えられないことだが、普段から雪が降る確率が低い地域である関東地方では、降雪対策をするよりは、雪が降った時には電車を止めてしまう方がよい、という考え方である、ということを意味している。

原発の事故と降雪時の鉄道運休を並べて議論するのはいささか問題があるかもしれないが、日本のインフラが常に災害に対して完璧に対応しているわけではない、という例として見ておいてほしい。福島第一原発の場合は、完全な瑕疵による脆弱性の表出であったのに対し、降雪時の運休は意図的に脆弱性を維持している状態であり、この両者が全く違うことも改めて指摘しておく。

さて、このようにある程度の脆弱性を抱えながらも、主として事故が起こることを未然に防ぐことにエネルギーを注ぐ日本では、逆に想定を超えた災害に直面した時の備えが決定的に欠けるという悪い面がある。その一つの例が津波に対する10メートルの防潮堤を二つも持っていたがゆえに、避難が遅れ、大きな被害が出た宮古市の田老地区であろう。津波による事故を防ぐために巨大な防潮堤を作ったことで、被害が出ないということを想定してしまったため、想定を超えた災害の場合の備えが欠けており、その結果、大きな被害がでた。同じことは福島第一原発のケースでもいえるだろう。「安全神話」の下、原発事故は起こらない、と想定してしまったことで、実際に事故が起きた際の対応が滅茶苦茶な状況になってしまったのである。

それに比べると、アメリカは最初からインフラが脆弱と言うことが想定されており、被害が出ることはある程度織り込んだうえで、いかに事故に対応していくのか、ということを常に考えているという点で、日本における危機管理とは考え方が大きく異なるという印象を受けた。つまり、発生確率を下げるための投資をするよりも、実際に被害が生じた際に、その被害を耐え、早急に復旧するということに全力を注ぐという考え方である。もちろん、アメリカも可能な限り、事故の発生確率を下げようという努力はしている。しかし、電線網の地中化のように巨大な投資が必要とされるような案件については、それだけの投資をするよりも、何年に一回か生じる被害に対処する方が合理的という判断なのかもしれない。いずれにしても、アメリカの場合、発生確率を下げるということ自体に重点が置かれていないことが多くの人に理解されているため、その事故や災害が起こっても何とか生き延び、そして復旧するというところに重点が置かれているのだと理解している。

その対処として発達しているのが保険である。アメリカにいると生命保険、医療保険の他、損害保険の広告などを多数見かけるが、様々なリスクに対する保険が充実しており、様々な事故や災害が起こるという前提で保険をかける人が多い。特に今回被害が多く出たニュージャージー州の沿岸部の住宅ではほとんどの人が洪水や浸水の保険をかけていたようである。

また、上記でも述べた自家発電機が多くの家庭や商業施設、公共施設に備えられているというのも、被害を限定するための備えと言えるだろう。昨年のアイリーンの時にはそうした備えが十分ではなかった(停電が想定よりも長かった)という意味では、アメリカでも災害の発生確率が高いということが十分認識されていなかったということになるが、それでも昨年の教訓から、今年はしっかり自家発電機を備えている家庭が多いというのは、災害に対する対処が学習によって向上したということになるだろう。

こうした、災害や事故に対する対処から回復するしていくことを英語でResilienceという。日本語にすれば「回復力」という訳になるだろうが、この回復力の強さというのが災害や事故の際には重要になってくる。アメリカの場合、事故や災害の発生確率が高いことが見込まれているため、それに対する備えがあり、そこからのResilienceが強くなる。逆に日本は発生確率を極力低くしようとするため、何かが起きたときのResilienceが弱い、という言い方ができるだろう。

しかし、Resilienceというのは、単なる物質的な備えというだけではない。災害や事故が起きても、それに耐えられるだけのメンタルというか、精神力も大きなポイントになる。実際、東日本大震災で被害にあった方々が、上記で述べたように、我々が想像できないほどの辛さと精神的な負担を背負いながらも、助け合い、整然と、そして厳粛に避難所での生活に耐え、復興に向かっていくというエネルギーに変えていくだけの精神力を発揮したことは、まさに日本のResilienceと言えるだろう。

さらに、Resilienceは個々人のレベルの問題ではなく、社会全体、政治の問題ともいえるだろう。アメリカのハリケーンの被害は大きかったが、かなり被害が大きかった電力網も順次復旧していったし、高潮と高波のせいで線路にヨットや多くのがれきが覆いかぶさっていた鉄道の路線も一週間もたたずに復旧し、水没したニューヨークの地下鉄も部分的ながら復旧している。こうした復旧に向けての資源の動員や人材の投入といったことができるかどうか、というのは社会全体のResilienceと言えるだろう。

それを考えると、東日本大震災の後のがれき撤去までは良くても、その後の復興庁の設置からがれき処分の問題、そして最近問題になっている復興予算の使い道まで含め、日本のResilienceには疑問の残るところが多い。確かに、個々人のレベルでは素晴らしいResilienceを見せた日本の人々が、いざ復興という段階に入るに当たり、そのResilienceを発揮できないのは、外国から見ると不可思議なものに見えるように思う。それだけ日本の政治行政の問題があるということなのだろう。

【最後に】

今回のハリケーン被害で一番役に立ったのはラジオとソーシャルネットワーク(SNS)であった。渡米する際、すぐに家具や家財道具が揃わないことを前提に、非常用の手回し充電式のラジオと懐中電灯が一体となったものを妻が荷物に入れて持ってきていたのが、こんな時にものすごい役に立った。東日本大震災の時にも確認されたことだが、停電している中でテレビを見ることもできず、唯一の情報源はラジオだった。やはり被災者の立場になるとローカルな情報を提供するラジオは不可欠なアイテムと言えよう。

また、携帯電話(スマホ)でツイッターやフェイスブックを通じて地元の情報を提供するアカウントをフォローしていたことで、ミクロレベルの情報(どこに電気が来ているとか、避難所がどこにある、どのお店が開いているなど)を逐一得ることができた。また、より広い範囲でのハリケーン情報も得られることができ、災害時のSNSの有効性を強く認識した。

日本でも報道されていたが、確かにSNSにはデマやガセ情報も流れていたが、これも東日本大震災の時と同様、すぐに否定されるようなデマやガセであり、緊急時の情報の信頼性を保とうとするSNS自体の自浄作用が働いていたように思う。

また、物資の点でいうと蝋燭の威力を改めて認識することになった。既に述べたように明かりとしても、火力としても、暖房としても機能した蝋燭だが、さすがに自宅周辺ではすぐに売り切れてしまっていたため、私が出張先で買い込んできた蝋燭が役に立った(その意味では出張していたことがまんざら悪いわけでもなかった)。しかし、大量に蝋燭をカバンに入れたまま飛行機に乗ろうとしたため、保安検査場では不信に思われ、念入りに荷物が検査されたことは言うまでもない。

また、手に入る蝋燭がいわゆる蝋の白いものばかりではなく、どうしても香りのついた、いわゆるアロマキャンドルが半分近くになったため、停電中は猛烈なアロマの中で生活する羽目となった。今後もシナモンアップルの香りをかぐたびに、あの停電を思い出すことになるだろう。