ツイッター上で科学ジャーナリストの松浦氏(@ShinyaMatsuura)が提起した、宇宙政策委員会の公開について、ちょっとした議論になったので、ここで私の考えをまとめておきたい。なおツイッター上の議論はhttp://togetter.com/li/410648にまとめてあるので、こちらを読んでいただくと議論の流れがわかりやすくなるかと思います。
基本的な論点は、宇宙政策委員会の議論は公開すべきであるという松浦氏の意見に対し、私はその必要はないと考えているというところにあります。松浦氏と私は当然立場も違えば考え方も違うので、議論がかみ合わないのも仕方がないのですが、やはり宇宙政策委員会での審議は公開すべきではないというのが私の結論です。
私はすでに「原子力安全委員会の公開について」というテーマでブログに書いているので、そちらとも議論が重複するところはありますが、宇宙(や原子力)のように安全保障に関連する技術であり、国家が深く関与している技術政策を巡る審議をどう取り扱うかは難しい問題だと思っています。それだからこそ、安易に公開することに抵抗があります。なお、ここで「公開」と言っているのは、審議をオンタイムで公開するということを意味しており、事後的に議事録を公開することを指しているわけではありません。
その理由として、第一に審議を公開することは審議そのものを形骸化させる懸念があるからです。原子力安全委員会もそうでしたが、審議を公開し、人々の前でライブで公開するということは、審議を担当する委員が、周りの目を気にし、自分の発言を当たり障りのないものにしようとする意識が働く可能性を高めます。それは必然的に、事前の打ち合わせや水面下での交渉でだいたいの落とし所を決め、表に出てくるときはすでに大方の流れが決まった中で審議をするという形になってしまう可能性があると考えています。なので、結局、公開をしても、それが形骸化したものであれば、闊達な議論や審議プロセスの透明化に資するものにはならないのではないかと考えています。
第二に、宇宙政策委員会と宇宙開発委員会の性格の違いを踏まえた上で考えると、審議の内容がより複雑な利害関係者を巻き込むため、より一層公開の場での審議にふさわしくないと考えています。かつての宇宙開発委員会は、簡単に言えば「宇宙ムラ」の中の議論であり、関係者は文科省を中心に、わずかな数の省庁と部局にかかわり、多くの審議事項がJAXAの活動を巡るものでした。しかし、宇宙政策委員会が扱う内容は、単なる宇宙技術の研究開発のプロジェクトだけでなく、安全保障の問題も含めた、幅広い利用の問題を取り扱い、関連する省庁も非常に多くなります。また、宇宙政策委員会で審議し、決定する内容は必然的に他の省庁の予算や権限にも影響するため、本気で審議をするとなると、各省庁のエゴや利害が見えてくるようになります。そうしたことを見せたくない省庁は、どんどん水面下に潜ってしまい、国民の知らないところで政策決定がなされるようになり、表に出てくるのは台本で書かれた表向きの議論しかない、という状況になります。
第三に、安全保障も含む宇宙利用ということになると、宇宙政策自体が外交的、対外的な意味合いを持ってくるようになります。一般に外交政策を公開の場で決めることはしないのと同様に、宇宙政策も公開の場で決めるような性質のものではなくなってきていると考えています。外国との駆け引きや戦略的な調整が必要になってくる中で、公開の場で審議しなければならないということになると、日本に情報がもたらされなくなる、というリスクもあると考えています。
これは宇宙開発委員会の時代にもあった話で、たとえばロケットの失敗に関する報告が公開されると、詳細なエンジンの設計や不具合の報告が公開されることになりますが、これは輸出管理規制における「みなし輸出」と呼ばれる規制に引っ掛かる話になってしまいます。「みなし輸出」とは、実際の物品の輸出ではなく、技術情報や設計図など無形の技術が流出することを指し、こうした技術が良からぬ国家にわたることで、その国の軍事的能力を高める可能性を阻止するための規制です。
また、宇宙政策委員会でも宇宙状況監視(SSA)や滞空型無人航空機などの問題が議論されますが、そうしたプログラムについては、日本だけでなく関係する他国の問題にもなってきますので、日本の安全保障政策やグローバルガバナンスのための情報共有の問題などが含まれてきます。こうしたテーマを議論するに当たり、公開の場で審議をするのは適切ではないと考えています。
このように、公開をすることによってマイナスの側面が大きく出てくるということを懸念しているため、宇宙政策委員会での議論は公開にしない方が良いと思っています。
ただし、先にも述べたように、ここでの「公開」というのはオンタイムで、目の前にジャーナリストや国民がいる状態での「公開審議」を指しています。このようなオンタイムの公開はしない方がよいと思っていますが、最終的な議事録の公開はすべきだと思っています。政策決定を判断するうえで、議事録をきちんと誠実につけ、それを公開することは民主主義国家の責務だと考えています。
しかし、議事録の公開も全てを即時に公開する必要はないと思っています。安全保障や各省庁間の利害調整と言った、表に出しにくいものの基準を明示的に決め、その基準に該当するものは3年とか5年といった時間を置いて公開するが、それ以外のものは審議の一週間後に公開する、といった原則で運用することは可能だと考えています。
なので、結論として、このようなオンタイムの公開をせずに一定の基準を設けた上での議事録の公開という形であれば、より闊達に審議が行えると考えており、また、そうした一定の時間を置くことによって、より適切な議論の場を作り出すことが出来るのではないかと考えています。
昔の宇宙開発委員会でも、JAXAの理事長・監事人事や、ロケット燃料の保管場所に関わる事項(テロリストに悪用されかねない情報)を扱う場合には非公開にしていたと思います。なので会議の一部を、理由を付して非公開にするという手もあるかと思いますが、御指摘の通り、SSAや外交のことなど、宇宙政策の議論が、これまで以上に安全保障問題と切り離せなくなったとき、いちいち会議を止めてマスコミに退出願うわけにもいかず、国益を確保しつつ、無用な混乱を抑えるためには何らかの工夫が必要であるように思います。
返信削除私も以前には宇宙政策委員会が非公開の場で議論することに非常に不信感をいただいており、今もまだ、議事録の取り扱いなど改善点があると思っておりますが、単に会議をマスコミにフルオープンすればいい問題でもないように思っています。
実際、こういった宇宙政策委員会の閉鎖性に対する配慮なのか、最近、内閣府宇宙戦略室では機会を捉えて積極的に宇宙政策の現状を国民に説明をしているようですし(http://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai6/sankou.pdf)、宇宙政策委員会の会議資料や議事録の公表も、他の省庁の審議会と比べて割りと迅速に対応しているので、努力の痕跡を伺えると思っています。
一般国民からの税収でほぼ成り立っている日本の宇宙政策について、その議論が一部の有識者や関係省庁、JAXA、業界関係者のみでなされるのは非常に問題であり、一般国民も何らかの形で議論に参画するとともに、そういった政府や関係者の動きを監視していくことができるよう、これからも政府に求めていくべきだと思いますが、単純な解決策は無いと思われ、そのあり方については、いろいろ試行錯誤がなされるよりほかないと今は思っています。
コメントありがとうございます。確かに宇宙開発委員会も一部の議論は非公開にしていましたが、H-IIA6号機の失敗の時の技術データは公開されていましたし、情報収集衛星の最初のコンセプトデザインも全部公開されていました。その意味ではやはりこれまでの情報管理に大きな問題があり、きちんとしたClassificationがなされていなかったことは問題で、その状態が改善されていないのに宇宙政策委員会の議論を公開(オンタイムでの公開)にするのは適切ではないと考えています。
削除私も現在の宇宙政策委員会のあり方が良いというつもりはなく、あくまでも理念上の問題として政策審議の公開のあり方を考えています。今の宇宙政策委員会の審議は拙速である以上に、審議をするための十分なヒアリングや調査・調整を経ず、個々の委員の思いつき以上の議論になっていない点は気になっています。
おっしゃる通り、宇宙戦略室が情報公開を進めようとするイニシアチブを取っていることは良いことで、国民に対する説明責任と言う観点からすれば、本来は政治家(宇宙開発担当大臣)が行わなければいけないことではあるのですが、それでも宇宙戦略室長が積極的に表に出て説明をすることは良いことだと思います。議事録の公開については、すでに述べたとおり、情報のClassificationの基準のないまま公開しているので、ちょっと気になっているところではありますが、現時点では積極的に対応している点も評価できるとは思います。
いずれにせよ、本論でも書いた通り、宇宙政策は外交政策と同じように、国家の戦略的方針や対外的関係に関わるものでもあり、これまでの宇宙開発委員会のような形の公開をすることには躊躇があります。最終的に国民に対してAccountableである必要はあると思いますが、その方法は色々あると思うので、単純に「公開すべき」という議論ではない、というのが私の言いたいことでした。その部分はご理解いただけているようなのでうれしく思います。