2011年8月14日日曜日

イギリスの暴動はなぜ起こったのか

8月6日から起こった、イギリスにおける暴動は、日本でも様々な形で報道され、ツイッターなどでも大きな話題となったが、それがなぜ起こったのか、そして一体あの暴動が何を意味したのか、ということは必ずしも明確になっていない。そこで、さまざまな報道から推測される、暴動の原因を挙げてみて、それらを評価しながら、この暴動は何だったのかを検討してみたい。

まず、暴動に参加したのは、主として10代の若年層を中心とする若い世代であり、ほとんどが貧困層であったとはいえ、人種的なまとまりが合ったわけでもなく、また政治的なバックグラウンドが共通していたわけでもない。つまり、暴動に参加した個人を見ていても、どのような動機でこの暴動に参加したのか、ということが明白ではない。それゆえ、何らかの社会構造や社会集団の属性に依拠して分析することが極めて困難であり、すっきりした答えを出すことが難しいのが、今回の暴動の特徴である。

イギリスにおいても、今回の暴動をどのようにとらえるべきかについては、大きな振幅があり、まとまった答えは出されていない。こうした暴動の原因を考えることは、将来、同じようなことが繰り返されないためにも重要なことであるが、その原因が明確にできない以上、再発を防止することは極めて困難となる。ここでは、考えられうる暴動の要因を挙げて検討してみる。

・社会的排除

今回暴動に参加した若者たちは、白人層も含め、社会的に排除された人たちであり、教育を十分受けず、就職をしようにも住んでいる地域や学歴によって社会からすでに排除されている状況にあった。イギリスにおける階級社会の文化、とりわけ『ハマータウンの野郎ども 』で描かれたUnderclass(低階級)のlads(野郎ども)やchav(コンビニでたむろするヤンキーといったイメージの悪ガキ)によって引き起こされたものであり、社会的なアウトローによるものであった。

かれらは日々、社会から排除されているという認識を持ち、就職や行政サービスに対しても、一定の不信感を持っている。実際、彼らが社会から排除されていることによって、教育を受けることの意味も理解できず、将来に希望を持つこともできない、という状況にある。こうした背景は今回の暴動を引き起こす大きな社会構造上の原因であったと考えることができる。ただし、今回の暴動に参加した人々すべてが社会的に排除されている人たちというわけではなく、普通の生活を営んでいる人たちも多くいたことを説明することは難しい。

・母子家庭

今回の暴動の多くは男性であったが、イギリスにおける母子家庭で育つ低所得者層の男性の数は極めて多い。離婚率が高く、社会的なモラルが形成されていないという以上に、男性の成人としてのロールモデルとして父親が存在していないという状況がある。こうした母子家庭で育った子供たちはギャング文化に染まりやすく、また、母親が働きに出ているため、十分な親の監視が行き届いていないという状況もある。

また、こうした問題は、これまでイギリス社会の中で上流階級から労働者階級まで共通していた「親の権威」を失わせる結果となっていった。体罰に対する社会的な厳しい目もあり、親が子供をしつけることが難しくなったことや、子供が親の言うことを聞かなくなり、一種のモラルハザードが生まれているという指摘もしばしばなされている。こうした親の権威の喪失が結果として、歯止めのかからない暴動を生み出してしまった結果につながっている。

・緊縮財政

キャメロン政権の緊縮財政は必ずしも直接的な原因や雇用に直結する問題ではないが、今回暴動が起きた地域におけるユース・センター の閉鎖というのは一つの問題として取り上げることが出来る。このユース・センターとは、家庭に居場所のない若者たちが集まる集会所であり、ここでゲームをしたり、地域の若者たちと共同作業をすることで社会的なまとまりを作っていくことが出来る場所であった。実際、ギャングなどの集団を作り上げる母体となることもあったが、多くのユース・センターはむしろ犯罪に走りそうになる若者をとどまらせる効果があった。また、しばしばここでは上級生が下級生の面倒をみるとか、ユース・センターの職員が親代わりとなって悩みの相談に乗ると言った、社会的に重要な役割を担うこともあった。しかし、緊縮財政によって、こうした場所が失われることが暴動の引き金になったともいえよう。しかし、これはあくまでも遠因でしかない。

・警察の不在と不信感

今回の暴動の直接の引き金になったトットナムにおけるダガン氏射殺事件は、警察が抱えている人種差別的体質を露わにしたものと見られていた。これまでも、警察が人種差別的な対応をしたり、警察幹部が人種差別的な発言をしたことが報じられており、その意味での警察に対する不信感は根強かった。ゆえに、ダガン氏射殺の後、人種差別反対の集会が執り行われたのであるが、そこでも警察が失態を犯したことで、カリブ海出身者(イギリスにおける黒人)層が強く反発したことが一つのきっかけとなった。
しかし、こうした警察の対応は一過性のものではないことに注目する必要がある。これまでも1993年のスティーブン・ローレンス(黒人)事件のように、マイノリティに対する警察の対応がずさんであり、また、今回暴動が起こった低所得者層の人々が住む地域における犯罪に対し、警察が十分に対処してこなかったという背景がある。これは警察自身が、これらの地域を危険地帯と見なし、犯罪が起こっても積極的に介入しなかったり、小規模な犯罪であっても過剰に介入する等、ある種の偏見に基づく対応をしてきたと見られていた。そのため、警察に対する不信感は根強く、トットナムでの事件が人種問題ではなく、階級・階層の問題として捉えられるようになった。

・人種差別

今回の暴動を巡る報道で、暴動の主体を「移民系」や「黒人・ムスリム」といった人種的なカテゴリーに落とし込んで説明するものが多くみられたが、これはほとんどと言ってよいほど間違いである。まず、今回の暴動に参加したのは、特定の人種的なプロファイルが存在せず、年齢的なプロファイルや所得層のプロファイルは共通していても、黒人(カリブ系)、白人(アングロサクソンとは限らない)、アジア系(インド・パキスタン系)など、幅広く混ざり合った人種構成となっており、特定の人種に還元することはできない。

にもかかわらず、人種をベースにした議論が展開された背景には、1991年のアメリカで起きたロドニー・キング事件を発端とする暴動(黒人が中心となり、韓国系移民との人種間暴動に発展)や、2005年のフランスにおける郊外暴動(マグレブ系の移民が中心)などのケースに準拠して理解しようとした結果と思われる。しかし、そうした人種的なプロファイルが成立しない以上、こうした報道は適切ではないと言える。

・ギャング文化

今回の暴動を説明するに当たり、一定の説明能力をもっていたのは、低所得者層におけるギャング文化である。現地ではChav(チャヴ)と呼ばれる、ギャングとも愚連隊ともつかぬグループが一定数存在しており、低所得者層のコミュニティの中で麻薬取引など違法行為によって高額の資産をもち、金ぴかのネックレスや高級車を乗り回し、そのコミュニティにおけるリーダーとしての存在感をもっている。彼らは警察との関係も持ち、その地位を安定させることで、地域の若年層からの尊敬と信頼を集めている。こうしたギャングを中心とするコミュニティが出来上がり、学校に行かない子供たちや10代の若者が彼らを尊敬し、模倣することで、ギャング文化が蔓延している。

こうしたギャング文化が、今回の暴動では重要な意味をもっていた。警察の介入が不十分と見るや否や、ギャングのリーダーが煽る形で警察に対抗し、それを「格好いい」と認識した若い人たちが彼らに追随し、さらには家電製品や貴金属などを強奪することで、ギャングのメンバーと同じような姿恰好をすることができる、ということで商店を襲撃するようになった。興味深いのは、今回の暴動で破壊の対象になったのは、洋服、貴金属、携帯電話、家電、酒屋、食料品店などに集中しており、本屋などはほとんど無傷であった、という点である。つまり彼らは無差別に略奪していたわけではなく、選択的に自分たちの文化にあった商品をもつ商店だけを狙ったということが言える。こうした傾向を理解するためには、ギャング文化に注目する必要があるだろう。

・機会主義

今回の暴動を考える上で重要なのは、暴動が何らかの組織によって系統だって行われたわけではなく、自然発生的に散発的であったということである。ギャングは存在するとしても、彼らが持っているネットワークは極めて限られた範囲でしかなく、ある種のマフィアのような組織として構成されているわけではない。そのため、一つのグループが暴動を始めると、他のグループも模倣してそれに追随し、秩序が失われていくと、ギャングのメンバーではない一般の人々までもが「商店からタダで物を手に入れることが出来る」と見て、その暴動に参加するようになった。そうした暴動に便乗するような動きが暴動の規模をさらに拡大し、加えて他の都市においても、ロンドンでの秩序の喪失と政府・警察の対応が遅れていることを見越して、これを機会に、と便乗してイングランド各地に拡散していった。

・集団心理

暴動の規模が大きくなったのは機会主義とともに、集団心理が働いたことが大きい。とりわけ、暴動に積極的に加わるつもりがなかった傍観者であっても、大量の商品が略奪され、警察が十分な対応を見せていないという状態を見ていると、自分も同じように商品を持ち去ることへの抵抗がなくなり、「この際だからもらっていこう」といった反応を見せている。そうした集団心理の働きは、本来ならばこうした暴動とは無縁の人々までもが暴動の参加者として当事者となり、暴動の規模を大きくしていったことで、さらなる集団心理が働くという循環が生まれたものと思われる。

こうした集団心理のパターンについて、きちんと説明がなされているわけではないが、逮捕された人々(往々にして逃げ遅れた傍観者/当事者の人々)が裁判や警察の取り調べで明らかにしているところを見ると、実際に何らかの目的があって暴動や略奪に参画したというよりは、「なんとなく」という雰囲気があったことは確かである。

・夏休み

今回の暴動の一つの特徴は、10代の若年層が中心であり、小学生のような小さな子供までが暴動に参加していたことである。これはすでに論じたギャング文化が小学生のレベルにまで浸透しており、子供たちの行動の規範となっていたことを示している。また、すでに述べたように、こうした子供たちを管理すべき親の世代がほとんどと言ってよいほど子供の管理が出来ていないという状況をも示している。

こうしたシングルマザーの家庭では、夏休みは悪夢の時期である。子供たちを管理することもできず、かといって母親が働かないわけにはいかない。そのため、子供たちは親のいない家で時間を過ごすこととなり、必然的に親の管理が行き届かなくなり、地域のChavと呼ばれる「悪ガキ」とかかわる時間が長くなっていく。そのため、小学生くらいの子供たちにもそうしたギャング文化が浸透していき、今回のような暴動が起こったことで、暇を持て余している子供たちは興味本位であることも含め、こうした暴動に関与するようになったのである。

・まとめ

いろいろと要因を挙げてみたが、これがすべてだと断定することは難しい。しかし、一つだけはっきり言えることは、どれか一つの要因に当てはめて今回の暴動を理解することは極めて困難であり、こうした複合的な要因によって暴動が発生し、拡大し、そして収束した、ということである。

ここから言えることは、今回の暴動の原因が明確でないがゆえに、どうやって暴動が再発することを止めるのか、という方法について、明確な処方箋を出すことができず、結局、警察の増員により事態が収束してしまったがゆえに、問題の根本が明らかにされず、それに対する対応策を出すこともなく、これまで通りの社会が続いていくことになってしまった、ということであろう。つまり、問題は根本的な解決を見ることなく、先送りされたのである。ということは、将来にわたって、こうした問題が再度起こりうる可能性は高く、今後のイギリス社会は不穏で不安げな空気を抱え込んだまま、事態が悪化しないことを祈り続けるしかないのであろう。

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